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日本で輝いたブラジル人選手 ジョーも続けるか

サッカージャーナリスト 沢田啓明

昨年はブラジルの名門コリンチャンスの攻撃の中心として活躍し、ブラジルリーグの得点王(18点)となりMVPにも選ばれたCFジョーが、今年から名古屋でプレーする。

名古屋に加入した元ブラジル代表FWジョーは久々の大物だ=共同

身長191センチ、体重80キロの30歳。タイミングを見計らって最終ラインの裏へ抜け出し、強烈なシュートを叩き込む。空中戦に強く、ポストプレーも巧み。ブラジル代表にも選ばれ、地元開催の2014年ワールドカップ(W杯)に出場。移籍金は推定1100万ユーロ(約15億円)で、近年、ブラジルから日本へ渡った選手の中では別格の大物だ。

これまでJリーグでプレーしてきた外国人選手の多くは、ブラジル出身だ。その内訳は、現役代表で世界的にも知名度が高い超一流選手から本国でもほとんど無名の選手まで千差万別。中には、日本へ渡った時点では全く無名だったがJリーグで急成長し、代表入りした選手もいる。主な選手の系譜をたどってみたい。

来日第1号はネルソン吉村

最初に日本へやってきた選手のほとんどはサンパウロの日系人リーグでプレーしていたアマチュアだった。第1号は1967年にヤンマーに加わった日系人MFネルソン吉村で、MFジョージ小林、FWジョージ与那嶺らがこれに続いた。現在、"辛口解説者"として知られるセルジオ越後だけが、60年代中盤にコリンチャンスでプレーしている。ラモス瑠偉は77年に20歳で来日。読売クラブ、ヴェルディ川崎などで活躍し、日本国籍を取得して代表でもプレーした。

若くして日本へ渡り、日本国籍を取ってW杯出場の夢を叶えた者もいる。

呂比須ワグナーは名門サンパウロFCで育ち、87年、19歳で来日。日産、柏、本田技研、平塚、名古屋などで高い得点能力を発揮した。97年に日本国籍を取得して代表入りし、98年フランスW杯のアジア予選で活躍してW杯にも出場。02年に現役を引退すると、G大阪でコーチとなり、昨季途中から新潟で監督を務めた。今年から、ブラジル1部パラナの指揮を執る。

昨季新潟を率いた呂比須ワグナーは今年、ブラジル・パラナで指揮を執る=共同

三都主アレサンドロは、94年、16歳で高知・明徳義塾高へ留学。スピードとテクニックを備えたMF、左SBとして清水、浦和、名古屋などで活躍した。01年に日本国籍を取って代表に選ばれ、02年日韓大会と06年ドイツ大会のW杯に出場。15年にブラジルへ戻り、16年までプレーした。現在は、子供のためのサッカースクールを運営する。

鹿島の根幹を築いたジーコ

Jリーグが始まる2年前の91年、世界的な名手だったジーコが住友金属(現鹿島)に入団したのは日本サッカーにとって画期的な出来事だった。すでに全盛期は過ぎていたが、華麗なテクニックでファンを魅了。彼が説いたプロ意識と勝利への執念は、鹿島のクラブとしての根幹を作った(現役引退後は、日本代表、トルコのクラブ、イラク代表などの監督を歴任。現在はリオ市内でサッカークラブを経営するかたわら、解説者を務める)。

90年代の前半から中ごろには、新旧ブラジル代表が続々と日本を目指した。

元代表MFビスマルクが東京Vへ入団すれば(その後、鹿島、神戸でもプレー)、86年メキシコW杯の代表2トップだったカレカとミューレルが柏へ、94年アメリカW杯で優勝した直後のMFレオナルドが鹿島に加わった(現在、ビスマルクは選手の代理人、ミューレルは解説者、レオナルドは一時トルコで監督を務め、カレカはサッカースクールを経営する)。現役代表でしかもキャプテンだった闘将ドゥンガは磐田に入団すると、強力なリーダーシップを発揮して黄金時代の礎を築いた(現役引退後、2度にわたってブラジル代表監督を務め、現在は慈善団体を運営する)。横浜Fは95年、現役代表だったMFジーニョとボランチのセザール・サンパイオ、元代表FWエヴァイールの3人を同時に獲得してブラジルサッカー界を驚かせた(現在、ジーニョは解説者、セザール・サンパイオはクラブの強化部長、エヴァイールは選手育成専門クラブの強化部長を務める)。

日本で成長したエメルソン、フッキ

しかし、2000年代に入るとJリーグクラブの購買力が低下し、代表クラスの大物はほとんど来なくなった。

数少ない例外が、01年から03年まで東京Vと浦和で高度なテクニックと抜群の決定力を発揮したFWエジムンドと05年から07年までやはり東京Vと浦和に在籍した長身CFワシントンである(エジムンドは03年に帰国してビッグクラブで活躍。12年に現役を引退し、今はテレビの人気解説者。ワシントンは政治家に転身して市議会議員となっている)。

日本へ渡る前は母国で無名でも、Jリーグで急成長を遂げた選手もいる。

サンパウロFCで出場機会に恵まれなかったFWエメルソンは、00年に21歳で日本へ渡り、驚異的なスピードと高い決定力を発揮して05年まで札幌、川崎、浦和で活躍。その後、中東のクラブを経てコリンチャンスに入団し、12年の世界クラブW杯優勝に貢献した(現在は所属クラブなし)。フッキは、母国で2試合に出場しただけで05年、18歳で来日。川崎、札幌、東京Vに在籍し、左足から規格外の強シュートを叩き込んで日本のサッカー関係者とファンの度肝を抜いた。08年にポルトガルの名門ポルトへ移籍して中心選手として活躍し、09年には代表入りして14年W杯に出場。ゼニト(ロシア)を経て、16年、違約金5500万ユーロ(約74億円)で上海上港へ移籍した。

ジョーの活躍、相棒次第か

ジョーは名古屋でゴールを挙げ、W杯出場を目指す=共同

その後、ブラジルから日本へ渡る選手は年々小粒になる。現在、日本にいるブラジル人選手で母国で多少なりとも名前が知られているのは数人ほどで、ジョーの実績と知名度は突出している。

彼が名古屋でも活躍するためには、早く日本での生活に慣れ、チーム戦術に適応しなければならない。一人で点を取ってくるタイプではないので、彼が求めるタイミングで求める場所へパスを出してくれる相棒が必要だ。

本人は「ベストを尽くして、チームのタイトル獲得に貢献したい。個人としては、今年のW杯に出場したい」と語る。名古屋でもゴールを量産すれば、その両方の願いが叶うかもしれない。

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