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フィギュアスケート宮原 けがを超え、より強く

平昌へ メダルへの道

スポーツの守護神、白峯神宮に足腰の守り神の護王神社、そして晴明神社。宮原知子(関大)の2018年は地元・京都での初詣から始まった。「ケガした時に祈願していただいたので。(新年になり)もっと五輪代表の自覚が必要かな、どうしようと思っている」と、成人式を迎えた宮原ははにかんだように話す。

「体力的にきついことはあっても、精神的に無理と思ったことはない」と語る

昨年末に全日本選手権4連覇で平昌への切符を得た後、東京・国立スポーツ科学センター(JISS)で検査した。昨年1月に疲労骨折が判明した股関節は問題なし。「これで追い込んだ練習ができる」と喜ぶ。残り1カ月、「得点に響くし一番の課題」というジャンプ技術を詰めていく。

17年は苦しんだ。2月くらいまでは「痛いままジャンプをしていた」。3月に磁気共鳴画像装置(MRI)による検査を受けて1カ月休養、JISSでリハビリを続けた。アイスショーに出た7月までは順調だった。「そこからいろんなところが痛くなって、(治っては)あ、またか、あ、またか、と」

量をこなして自信をつけるタイプなのに、練習を制限される。しかも練習仲間は本田真凜、トリプルアクセル(3回転半ジャンプ)を跳ぶ紀平梨花ら、元気な年下選手ばかり。「この環境でスケーティングしかできないのに(宮原は)やり続ける。普通はできない。いろんなことが起きても『やれることだけやる』という軸はぶれなかった」と浜田美栄コーチ。

ジャンプ練習を再開した10月、宮原を見た者は五輪を危ぶんだ。軸が真っすぐにならずゆがみ、高く跳べず、回転不足になる。そこから3カ月弱で日本の女王の座を守ったのは、「体力的にきついことはあっても、精神的にもう無理と思ったことはない」という宮原の静かな強さ故だろう。

ケガのおかげで強くなった部分もある。量でなく質を求める練習が身につき、食事を改善して体重を増やしてリハビリし、一歩一歩のスケーティングがより伸びるようになった。JISSでスピードスケート平昌五輪代表の高木菜那やサッカー日本代表主将の長谷部誠らと出会い、視野が広がった。「私より大変な方もいたし、(高木には)フィギュアと違ってスピードは夏に全然滑らない時期をつくると聞いたり、仲良くしていただいたりした。長谷部さんは、会うと必ず声をかけてくれた」

そんな努力家に、くしくも米国、カナダの振付師はそれぞれ芯が強い日本女性が主役の曲を五輪に選んだ。「落ち着いたしっとりした動きの方が私は得意。日本らしいものには生きる」。跳べない日々に磨いた表現力がより輝くプログラムに仕上がっている。

最近、1998年長野五輪の金メダルに触れ、しみじみ思った。「(メダルは)自分の力で手にして持って帰りたい。まずはできることをやりきりたい」。控えめすぎた宮原からも脱皮しつつあるようだ。

(原真子)

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