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スピードスケート高木美 新時代開く万能選手

平昌へ メダルへの道

2大会ぶりの五輪代表に決まった昨年12月30日、平昌五輪へ向かう心境をスピードスケートの高木美帆(日体大助手)は「次のストーリーの幕開け」と表現した。

高木美は2回目の五輪で「悔しさを晴らす」と語る

ワールドカップ(W杯)の好成績は何も約束してくれない、心機一転臨むという決意の表れ。と同時に、今回の戦いを象徴する言葉にも聞こえた。日本史上最強のオールラウンダーへと成長を遂げた23歳の挑戦は、日本のスケーター像を塗り替える、新時代の扉を開ける戦いでもある。

冬季五輪の1大会で、日本のスケート陣が個人で複数のメダルを獲得したのは、1998年長野大会の清水宏保の2個(500メートル金、1000メートル銅)のみ。他競技は長野大会におけるスキー・ジャンプの船木和喜の3個が最多だ。そんな記録を上回る勢いで高木美は決戦の地へ乗り込む。

今季のW杯では、得意の1500メートルは4戦全勝。3000メートルでも日本勢初優勝を飾り、1000メートルは2位が3度。3戦連続世界新記録をマークした団体追い抜きでは、空気抵抗の強い先頭を6周のうち3.5周も受け持つという離れ業もやってみせた。体の負担が考慮されて補欠となったマススタートにも出場の可能性があり、最大5種目で複数の「金」を含む5つのメダルを狙える位置につけている。

「レースに出れば出るほど、疲れるけど成長もする。感覚がどんどん研ぎ澄まされ、やりたいことが明確にできあがってくる」。種目を絞らずに誰よりもレースに出続けたことで、抜群のスタミナが備わり、相乗効果で滑りが洗練されてきた。

伝統的に500メートルが強く、日本のお家芸といえば短距離種目だった。しかし、高木美は短距離と長距離の猛者がしのぎを削る激戦区の1500メートルで圧倒的な強さを見せ、世界の壁に長年はね返されてきた3000メートルでもW杯の頂点に立った。日本の従来の枠を超越したスケーターとなった。

「五輪で勝てる選手が本当に強い選手」と自分に言い聞かせる。15歳で出場した前々回のバンクーバー大会は参加しただけ、前回のソチ大会は代表選考会で敗れて出場すらかなわなかった。「8年前、4年前の悔しさは五輪の舞台での結果でしか晴らせない」と誓う。

目に焼き付けているシーンがある。昨年3月にノルウェーのハーマルで行われた世界選手権。日本勢17年ぶりの表彰台となる女子総合3位で臨んだ表彰式。優勝したイレイン・ブストの母国、オランダの国歌が会場に流れると、応援に駆けつけた大勢のオランダ人が一体となって歌っている光景に胸が熱くなった。

「自分が優勝したときに、日本の国歌が流れて、観客に日本人がいっぱいいて、一緒に国歌を歌う……。でも優勝できても日本人の観客がいないとできないことなので、それは夢に近いかもしれないですね」。隣国で開催される大舞台には、多くの日本人が訪れるだろう。夢は現実になるかもしれない。

(金子英介)

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