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帝京大ラグビー9連覇、「見えない敵」に打ち勝つ

ラグビーの大学選手権で9連覇を果たした帝京大にとって、今シーズンは過去にない壁に立ち向かう一年でもあったようだ。明大を21-20で下した決勝の前日、岩出雅之監督が話していた。「今年は自分たちに矢印を向け、見えない敵を探そうとやってきた」

「打倒社会人」の目標なくなり

そうせざるを得なかった理由がある。今年度から日本選手権への大学の出場枠が廃止。昨季までの「打倒社会人」の旗を掲げることができなくなったからだ。

「常に社会人を意識したり、ボコボコにやられるかもしれないという『公の場』があることはいい緊張感になっていた。そういう意味では今季後半(難しさを)感じた」と監督。堀越康介主将も言う。「昨季までは練習中も『これじゃトップリーグに勝てないぞ』という声が出ていた。今年は目標が薄れるところはあった」

9年連続の大学日本一も立派なゴールだが、社会人撃破に比べるとハードルは下がる。そのままでは選手の目線を高く保つのは難しい。

監督が打った手。それは新たなチームのテーマとして「エンジョイ」を掲げることだった。「ラグビーをスキルの部分で楽しむのではなく、心から楽しんでプレーする。楽しむことの『深さ』を追求してほしかった」

帝京大・岩出監督は今季、「エンジョイ」をテーマに、楽しんでプレーすることを選手たちに求めた=共同

言葉だけなら抽象的に聞こえるが、練習中からピンチで耐え抜いたり、劣勢の試合をひっくり返したりする場面などを想定。それぞれの場面を楽しみながら、力を十分に発揮できるように心がけてきたという。

学生自身も頭をひねった。「全員が個人で高い目標を立てることにした」と堀越主将。Aチーム(1軍)なら日本代表やスーパーラグビーのサンウルブズに入って活躍すること。Cチームの選手でもトップリーグ入りを照準にしてきた。

それでも緩みかねない気持ちを引き締めるのは難しい。「個人の目標は目に見えないものなので、求めるスタンダードを自分で高くできることもあれば、低くなってしまうこともあった」と堀越主将は振り返る。

大学の日本選手権優勝は1987年度の早大以来なく、その出場枠廃止は長らく議論されてきた。ただ、岩出監督は「学生は(大学選手権後の)1月から2月で意外に伸びる。日本の将来を担う若手を育成するうえで、(トップリーグとの)試合までのプロセスに価値があった」と語る。トップリーグが移行を目指している新リーグでは大学も参加するカップ戦を創設する方向。開催時期などを工夫してぜひ実現してほしいものだ。

決勝の明大戦、後半に本領

いずれにせよ、最大の目標の喪失は、今季の帝京大の性格にも影響したようだ。「手を抜いているわけではないのだが、どこかで優しさが出てしまう」と監督は今季のチームの特徴を語る。

実際のプレーとして表れたのが、明大との決勝の前半だったかもしれない。簡単な落球にパスミス、不要の反則……。王者らしからぬ失策が相次いだ。

密集戦での攻防やタックルで受け身に回ったことも、選手の判断を狂わせた。我慢して攻め続ければ崩せそうな場面でキックを選択。その精度が低く、逆に後退させられる場面が多かった。

WTB竹山晃暉は話す。「明大のディフェンスにプレッシャーを感じて裏に蹴ってしまったところがあった。『キックを使いすぎずにFWで粘っていこう』と声を掛けていたのに、前半では修正できなかった」

一転して、後半は帝京大が今季取り組んできた成果が表れた。13点差を追う状況で、さらに自陣深くの相手ボールスクラムという苦境が続く、後半11分だった。

「ここが一番楽しいところだぞ」。堀越主将は周囲に声を掛けた。スクラムを押し込んで狙い通りに相手の反則を誘い、ピンチを脱すると反撃開始。逆転のトライ、ゴールへ至るまでの過程が見事だった。

大学選手権決勝のピンチにも、堀越主将は「一番楽しいところだぞ」と声を掛けたという=共同

後半20分、自陣ゴール前で明大の連続攻撃を受ける。ナンバー8吉田杏が密集でボールに絡み、反則を奪う。普通ならタッチラインに蹴り出して、陣地回復を優先するところ。

しかし、ボールに駆け寄ったSH小畑健太郎は小さくキックし、速攻を仕掛けた。一瞬、とまどった明大に対し、帝京大の選手は瞬時に反応していた。すぐに外までボールを回し、空いたスペースを前進。巧みにボールをつないで一気にトライにつなげた。ピンチから一転しての逆襲。今季の大学ラグビーの最大の見せ場をつくった。

「今年のチームは危機感を持っているときは素晴らしい団結を見せ、厳しいプレーをする」という監督の言葉通りだった。

最後の20分間。リードは僅か1点ながら、帝京大のプレーには横綱相撲の風情も漂った。明大が攻める時間は長かったが、スタミナで勝る帝京大の方が常にグラウンドに立っている人数が多い。明大はボールをつないでも有効な攻撃にならない。ほとんどミスをしない帝京大を前に、スコアできそうな気配は薄かった。

「チームというものは完成することがない」

帝京大は今年、大きな目標を失いつつも、選手のモチベーションづくりでおおむね成功したといえる。恐らくここ数年、岩出監督が力を入れてきたところもこの部分ではなかっただろうか。

監督は指導にあえて「余白」をつくっているように見える。昨年11月に行われた関東大学対抗戦の慶大戦。攻守交代後の相手の速攻に苦しみ、31-28と苦戦した後も平然としていた。「あの場面のディフェンスは今年はまだやっていない」。いざ大学選手権に入ると、秋に見られた弱点はほとんど目立たなくなっていた。

昨季はスクラム練習の時間を大きく削減し、大学選手権決勝で東海大にスクラムからのトライを2本奪われた。この反省を生かして強化したスクラムは今季、逆に武器になった。

「チームというものは完成することがないし、あれもこれもと求めても選手は身につけることができない」と監督。「記憶に残る練習をしなければいけない」とも表現する。あえて乾燥させる時期をつくり、適切なタイミングで水分をやることでより吸収しやすくするようなイメージか。8年間も勝ち続けると、選手の挑戦心や、向上意欲を高く維持するのは難しくなってくる。それを乗り越えるための工夫だったのだろう。

彼らの背中を追うことで、他の大学も徐々に距離を詰めてきている。大学選手権決勝のスコアや内容を見れば、近年で最も勝敗が入れ替わる可能性が高かったのは今年だった。

劣勢からの逆転劇。そこに至る攻撃の質の高さ……。試合そのものの魅力でも、今回の決勝は過去9年の中で最高だった。「見た方に大学ラグビーの魅力を感じてもらえたと思う」と岩出監督も胸を張る。王者が自らの内なる敵と戦った結果、大学ラグビーという舞台そのものの魅力も高めるシーズンになった。

(谷口誠)

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