道頓堀で成功 全国区に 鳥貴族社長 大倉忠司さん(もっと関西)
私のかんさい

2018/1/9 17:00
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■低価格の焼き鳥で全国500店超を展開する居酒屋チェーンの鳥貴族。創業者の大倉忠司社長(57)は競争が厳しい「くいだおれの街」大阪での成功が、全国でも支持されている要因になっているという。

 おおくら・ただし 1960年、大阪府生まれ。調理師学校卒業後、焼鳥店などを経て85年に鳥貴族1号店を出店。低価格メニューを武器に急成長した。アイドルグループ「関ジャニ∞」メンバーの大倉忠義さんの父。最近の楽しみは休日のスーパー銭湯巡り。

おおくら・ただし 1960年、大阪府生まれ。調理師学校卒業後、焼鳥店などを経て85年に鳥貴族1号店を出店。低価格メニューを武器に急成長した。アイドルグループ「関ジャニ∞」メンバーの大倉忠義さんの父。最近の楽しみは休日のスーパー銭湯巡り。

実家は東大阪の町工場でブリキのおもちゃの型を作っていた。父は月に数回、自宅近くの飲食店に連れて行ってくれた。家族で楽しむ外食は「特別な日」で、おいしい料理と非日常な空間を提供する外食産業にあこがれたのは、この頃かもしれない。

高校2年生の夏に友人からの誘いで始めたビアガーデンでのアルバイトが、焼き鳥との出合いだった。仕事ぶりが認められ、焼き場を任された。外食産業に進もうと思ったのはこの時だ。調理師学校に進んだ後、ホテルのイタリア料理店で勤めたが、行きつけの近所の焼鳥屋などで働くうちに「焼き鳥は大衆的で流行にも影響されにくい。市場も大きい」と思い、独立への思いを強めた。

■1985年に東大阪の近鉄俊徳道駅前に鳥貴族1号店を開業した。ただ軌道に乗せるには時間がかかった。

両親は家を担保に入れて借金して開業資金を用意してくれた。だがオープンしてもなかなかお客さんが入らない。焦るなかで目に入ったのが、同じ東大阪で人気の炉端焼き店。行列が絶えない理由はメニューが230円均一だったこと。鳥貴族の価格帯は3つだったが、1年後に250円均一に改めた。

1号店から低価格と感動を売りにしていた(左が大倉さん)

1号店から低価格と感動を売りにしていた(左が大倉さん)

だが単なる安売りではお客さんは食べに来ない。おいしさや感動がないとダメだ。30グラム程度だった焼き鳥の大きさを60グラムにして割安感を前面に打ち出した。今では焼き鳥の大きさは一般的なお店の3倍程度だ。

■同じ関西出身で、商品を安く売ることに執念を燃やしたダイエー創業者の中内功さんにあこがれた。店内には中内さんが掲げたスローガンの「価格破壊」と書いたビラを壁に貼って、安くておいしい焼鳥店を目指した。

現在の成長につながる手応えを感じたのが2003年に初めて繁華街に開いた道頓堀店だ。それまではバブル期の好景気などで家賃が高くて手が出せず、ようやく見つけた場所。ビルの3階で集客は難しいが、家賃は1階よりも安い。不安だったが、コスパ(費用対効果)の良さを求めるお客さんが多く、想定以上の売り上げとなった。

低価格均一のため、利益水準や品質を維持するためにいつも試行錯誤している。大阪のお客さんは味と価格に厳しいが、ミナミの中心地で評価されたことで知名度が高まった。ビルの上層階でも集客できることも実証した。道頓堀での成功が弾みになり、全国に店舗が広がっていった。

■「天下の台所」と呼ばれた大阪だが1990年代以降、製造業などの不振で個人消費も縮んだ。再び盛り上げようと2017年に外食チェーンなどで組織する大阪外食産業協会の副会長に就任。4年に1度の食の祭典「食博覧会・大阪(食博)」に力を入れる。

外食産業を取り巻く環境はここ数年で景色が変わった。訪日外国人が増えており、和食を食べることを旅行中の楽しみとして挙げている。17年春の食博は、和食が国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産に指定されてから初めての博覧会だった。訪日客を意識して「日本の祭り・日本の味くらべ」をテーマにした。10日間の期間中、入場者数は62万人と計画を2割強上回ったが、まだ大阪だけのイベントだと感じている。期待していた訪日客や関西以外の来場者も少なかった。

食博のようなイベントは全国でも珍しい。次回は首都圏の企業にも積極的に出展を依頼するなどもっと枠を広げたい。そうすれば日本全国の食が集まる。来場者のさらなる増加が見込め、大阪発の全国イベントとして盛り上がるのではないかと思っている。

(聞き手は大阪経済部 出口広元)

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