2018年7月18日(水)

沖縄から本土に大規模攻撃 米軍、終戦前に爆弾7千トン
九州上陸備え、米公文書

2018/1/8 2:00
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 太平洋戦争末期に米軍が、占領した沖縄を出撃拠点に日本本土を大規模攻撃していた実態が7日、機密指定を解除された米公文書で明らかになった。終戦までの約3カ月間に、南部上陸を見据えていた九州など計13県の65カ所以上が標的となり、約7千トンの爆弾が投下された。関東学院大の林博史教授(現代史)が米国立公文書館の陸軍航空軍や海兵航空隊の史料計1万ページ以上を収集、分析して確認した。

 本土空襲に関しては、太平洋マリアナ諸島の基地が拠点になったことや、一部が沖縄からの出撃だったことは知られている。東京大空襲・戦災資料センター(東京都)の山辺昌彦主任研究員は、沖縄からの米軍による本土攻撃の全体像は明らかになっていないとし「史料が網羅的に紹介されれば、全体像を把握する上で意義がある」と評価している。

 米軍は1945年3月に沖縄・慶良間諸島に上陸し、沖縄戦が始まった。激しい地上戦の一方で、沖縄戦闘機司令部の史料などによると、海兵航空隊は同5月13日に、沖縄の読谷飛行場から鹿児島・喜界島の飛行場を爆撃し、本島より北の攻撃に着手。4日後には鹿児島県鹿屋市などの複数の飛行場を標的に九州本土攻撃も始めた。F4UやP47といった戦闘機を使用した。

 別の史料によると九州と薩南諸島などの日本国内(台湾と朝鮮含む)に陸軍航空軍は約7千トン、海兵航空隊は約340トンの爆弾を投下した。

 小さな集落や列車、漁船などあらゆる施設を攻撃。訓練目的の鹿児島・沖永良部島の爆撃や現宮崎県えびの市周辺の通りでの機銃掃射による多数の殺害など無差別に攻撃を行っていたことを示す多くの記述もあった。〔共同〕

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