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スポーツテック「臨場感の波状攻撃」

2018年はスポーツのビッグイベントが目白押し。2月に韓国平昌(ピョンチャン)で冬季五輪、6月にサッカーのワールドカップ(W杯)がロシアで行われる。アスリートの活躍に加え、多くの人に競技の魅力を伝える技術「スポーツテック」の進化も見ものだ。欧米勢が主導するこの分野で、アジアや日本のスタートアップ企業が巻き返そうとしている。

17年12月に東京で開かれた「EAFF E-1サッカー選手権2017決勝大会」。会場となった味の素スタジアム(東京都調布市)には、両ゴール側に60台ずつデジタルカメラが設置された。

7~8秒で再現

フジテレビの中継映像ではこのカメラが大活躍した。従来のテレビカメラでは不可能だった様々な角度から撮影したゴールシーンがスローで再現され、サッカーの醍醐味を視聴者に伝えた。

常に4K対応の撮影ができるよう改造されたこれらのカメラを提供したのが4DReplay(リプレイ)というスタートアップだ。韓国サムスングループのIT(情報技術)子会社出身の鄭泓洙(ジョン・ホンス)氏が設立。16年秋にスポーツビジネスの本場、米国サンフランシスコに本社を移した。

E-1選手権の中継では、どの角度で撮影した画像をどう見せるかを事前に5~20パターン程度用意した。ゴールシーンなどに合わせて生成した素材をゴールから7~8秒後に放送できた。

17年のプロ野球日本シリーズの中継でも採用されており、本塁突入シーンが再現された。韓国では17年に開かれたサッカーU20W杯で使われ、プロ野球のビデオ判定にも使われる予定だ。

4Dリプレイの申大●(●はさんずいに是、シン・デーシク)副社長は「打撃のスイングチェックなど人材育成用の提案もし、スポーツの楽しみ方や強化方法の幅が広がる。世界各地でパートナーを通じ事業を拡大する」と鼻息は荒い。KDDIやベンチャーキャピタルのグローバル・ブレイン(東京・渋谷)も同社に出資している。

今、あらゆる「Xテック」で重視されるのが「UX(ユーザーエクスペリエンス=顧客体験)」だ。特にスポーツは観客や視聴者(ユーザー)に臨場感あふれる経験(エクスペリエンス)を提供できるかが重要。4Dリプレイの撮影技術もこの概念に沿う。スポーツテックにかかわる大企業は感度が鋭いスタートアップに接近し、UXを磨くのが世界の潮流だ。

「世界最先端のスタジアム」として知られるリーバイス・スタジアム(米カリフォルニア州)。アメリカンフットボールの観戦者が試合中にスマートフォン(スマホ)で、複数の視点から撮影したリプレイ映像を視聴できる。支えるのはリプレイ・テクノロジーズ(イスラエル)。米インテルが16年に買収したスタートアップだ。

インテルはスタートアップと組んで新しいUXを実現している。16年に仮想現実(VR)分野のスタートアップ、米ヴォークを買収したのを機に、米大リーグ機構(MLB)と提携した。17年にはVR映像でゲームを視聴できるようにしており、スポーツの新しい楽しみ方を提供する。

インテルは本業との相乗効果も狙う。自由視点映像やVRは、見る人に没入する感覚を与える。その再現には、インテルによる高機能コンピューティングが必要になるとの思惑がある。

日本ではなじみの薄いスポーツテック。NTTデータ経営研究所の河本敏夫シニアマネージャーは「スポーツの領域でITを活用し、新しい課題解決策やサービスを提供すること」と定義する。同時に「スポーツテックとスポーツビジネスの発展は密接に結びつく。新しい価値創出には大企業とスタートアップのコラボが重要だ」と説く。

日本ならではの課題解決型スタートアップもある。アマチュアスポーツのチーム管理アプリを開発するリンクスポーツ(東京・渋谷)だ。

競技人口の多い野球やサッカーでも試合の参加者集めは簡単ではない。スコアなどのデータ管理も面倒だ。リンクスポーツが16年に提供し始めたアプリ「TeamHub(チームハブ)」はそうした悩みを解決する。

メンバーにチームの日程を知らせたり、メンバーの予定を調整したりして、練習や試合に参加しやすくする。スコアや成績を管理する機能も備わっている。野球やサッカーだけでなく、ラグビーやバスケットボールなども近く対象にする。

大学まで野球をしてきたリンクスポーツの小泉真也社長は「アマチュアスポーツのコミュニティーをつくり、広告などの形でOB・OGやファン、スポンサーが気軽にお金も提供できる基盤をつくる」と話す。「年末には1万チームまで拡大する」計画だ。

リンクスポーツの成長性に着目して17年に出資したのが毎日新聞社。同社は多くのスポーツイベントを主催・後援している。「資本業務提携を通じアプリの共同開発・普及に両社のシナジーを発揮できる」(社長室)

街がスタジアム

アマチュアスポーツの悩みの1つが指導者不足だ。筑波大学サッカー部に所属する木村友輔氏が起業したシェアトレ(茨城県つくば市)は「練習動画のクックパッド」を目指している。

シェアトレには約1500人のサッカー指導者が登録。ウェブサイトを通じて指導者による練習動画を無料で提供し、広告で収益をあげるビジネスモデルだ。木村社長は「指導者が少ないマイナースポーツでも気軽に練習できる仕組みをつくりたい」と意気込む。

「街そのものをスタジアムにする」。こんな壮大な構想を描くのは、スポーツ情報配信のookami(オオカミ、東京・世田谷)の尾形太陽社長だ。

ookamiは2017年12月に渋谷スクランブル交差点の大型スクリーンで男子サッカーの試合状況を配信した

実は大企業を巻き込み、一部は動き出している。17年12月に東京・渋谷のスクランブル交差点の巨大スクリーンでE-1選手権の日本対北朝鮮の試合を実況配信したのだ。東京急行電鉄と協力、武蔵小杉駅(川崎市)にある大型の電子看板でプロバスケットボールのBリーグやJリーグの試合実況も流している。

20年の東京五輪は競技の放送時間の大部分が勤務時間に重なる公算が大きい。仕事でテレビ観戦できない人には「駅の電子看板やタクシーのテレビなど街中でもスポーツを体験できる環境をつくりたい」(尾形社長)。多くの視聴者を集めて広告で収益を得る考えだ。

オオカミのサービスは新タイプのUX。尾形社長は「スタジアムやテレビに次ぐ第3のスポーツ観戦」と説く。同社には朝日新聞社が出資、朝日新聞社など主催する全日本大学駅伝ではリアルタイム速報を配信した。読売新聞社が共催する箱根駅伝も配信するなど「多方面外交」も強みだ。

大企業は買収を狙う

アスリートやファンやスポンサーが参加するスポーツビジネスでは、コミュニティー参加者の広がりや層の厚みが不可欠だ。

プロ野球の横浜DeNAベイスターズは17年12月からスタートアップと事業創造に取り組む「アクセラレータープログラム」の募集を始めた。大リーグのドジャースやサッカーイングランド・プレミアリーグのアーセナルなど先行例はあるが日本では初めてだ。

ベイスターズは観戦体験、ファン層の拡大・満足度向上など6分野をテーマに設定している。球団も実証実験やデータ提供などでスタートアップに協力する。経営・IT戦略部の林裕幸部長は「ファンやスポンサーなどに野球を介して新しい体験をしてもらいたい。連携が強い企業であれば出資もする」という。

体を「動かす」分野も熱い。スポーツ用品世界2位の独アディダスは15年、ジョギングアプリのランタスティック(オーストリア)を買収した。用品販売の殻を破り、走りつつ健康維持に投資したい層を狙った「コト消費」にターゲットをあて日本でもファンを増やしてきた。

アディダスを追い上げるのがアシックス。高機能ランニングシューズを武器に海外販売を拡大させてきたが、ここ数年の売上高は4000億円規模で足踏みしている。「スポーツ技術も転換期を迎えている。いい靴、ウエアを作りながらスタートアップとの接点を持つことで新しい価値観や利用体験が求められている」(経営企画室の蔭山広明副室長)

第一歩が16年の運動アプリを開発する米フィットネスキーパーの買収。自社のランニングアプリもあったが「女性や若年層に近づきたいという思いが非常に大きかった。ミレニアル世代はスポーツを生活の一部として楽しむことを重視している」(蔭山氏)。アシックスはフィットネス社の世界3000万人を超える会員データを駆使、運動データを商品開発や販売戦略につなげる考えだ。

政府がまとめた「日本再興戦略2016」では、スポーツを日本の基幹産業にすべく、15年時点で5.5兆円の市場規模を25年までに15兆円に拡大する目標が盛り込まれた。もっとも、一部でITやビジネスとは縁遠い「スポ根」的な体質も残っている。日本が世界中の技術を集め、スポーツテック大国になれるか。20年の東京五輪・パラリンピックまでの2年間の「助走期間」が重要だ。

(企業報道部 加藤貴行、駿河翼)

[日経産業新聞 2018年1月9日付]

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