森下仁丹の「第四新卒」 年齢経験不問で倍率220倍
森下仁丹 経営企画室 磯部美季さん(上)

「オッサンも変わる。ニッポンも変わる。」──、森下仁丹は「第四新卒」として、中高年の幹部候補社員を募集する求人広告を掲載、人材不足の中で2200人が応募し大きな話題となりました。その応募条件は年齢や職歴を問わず、やる気があることが基準。中高年から多数の応募がありました。募集に至った経緯やその狙いについて、経営企画室の磯部美季広報・マーケティング担当部長に伺いました。
駒村社長の入社が、経営危機脱却の鍵に
白河桃子さん(以下、敬称略) 「第四新卒」というネーミングが素晴らしいですね。働き方改革について経営者と対話していても、「中高年の活躍」をどう推進するかが、彼らの重要課題だったりします。
磯部美季さん(以下、敬称略) 当初、「第三新卒」でもいいかと思ったのですが、調べてみると、すでにポスドク(博士研究員)の方たちの採用が第三新卒と定義されているそうで。そこで、「第四新卒」という言葉を作りました。

白河 その募集が人材難の中2200人の応募という結果になったんですね。第四新卒の広告に、森下仁丹の駒村純一社長が出ていらっしゃいましたね。駒村社長ご自身も三菱商事で主に化学部門を歩まれた後に2003年に執行役員として入社、2006年に社長に就任されてからドラスティックな改革をされた。転職時点で53歳です。その経験が今回の第四新卒募集につながっているのでしょうか。
磯部 駒村が入社した時、当社は30億円の赤字を計上していて、潰れかかっていました。銀粒仁丹の売り上げのピークは1982年。そこからびっくりするほど業績が落ちていったのです。80年代に欧米文化が流れ込んできて、ミント系のガムがどんどん海外から入ってきました。その後は日本でもミント菓子などの商品が出てきて、どんどんシェアを奪われたというわけです。
駒村が入社する以前の当社は典型的な老舗企業で、中途採用の社員はほとんどおらず、生え抜きが多くを占めていました。その状態ですと、新しいことにトライする意識もありません。業績の悪化によって、優秀な人材ほど、早いうちにこの会社を去っていきました。
駒村はそんな状況を見て、「こんなことじゃいかん。新しい人材を入れて立て直さなければダメだ」と。その頃から中途採用を増やし始めました。今では社内の半数くらいが中途採用で入社しています。私も、その頃に中途入社した一人です。
白河 社長もそうですが、中途人材は抵抗なく受け入れられたのでしょうか。老舗ですし、摩擦もあったのでは?
磯部 正直なところ、当社にもそのような雰囲気はありました。ただ、当時はすでに人材の流出があったので、「新しい人をどんどん入れていかなければならない」という空気もありました。
白河 業績が悪化したとなると、商品開発のために新しい技術を導入しなければなりませんから、当時は技術者を中心に採用されたのでしょうか。
磯部 当時は業績の悪化が深刻で、まずはプロフィットセンターである営業部門にどんどん人を入れていました。研究開発や管理部門などのコストセンターは、生え抜きが多かった。
でも、今回の第四新卒採用では、研究開発が5人と最も多く、人事、法務、経営企画などのコストセンターに人を入れたのです。結果的に10人が入社しました。
白河 2000年代は業績が厳しい状況だったとのことですが、今は回復に転じています。きっかけは何だったのですか。
磯部 「シームレスカプセル」という技術をBtoB(企業向け)に展開したのです。森下仁丹は医薬品や食品のメーカーですので、この技術自体は70年代には確立していました。
死蔵の「カプセル技術」に目を付けた駒村社長
白河 シームレスカプセルは、何でも包めるんですか? 液体も可能なのでしょうか。
磯部 液体も包めます。普通のカプセルだと液体は包めませんが、シームレスカプセルだと、液体、粉末、微生物、何でも包むことができるんです。
ただ、駒村が入社する前、この技術自体はあったものの、主に当社の製品にしか活用していませんでした。そもそもこのカプセル技術は、銀粒仁丹の液体版を作る目的で開発されたもので、開発や営業部門もそちらにしか視点がなく、医薬品や食品など、口に入れられるカプセルしか開発していませんでした。
しかし、駒村は「このカプセル技術は、もっとたくさんの用途があるだろう」と目を付けました。駒村はもともと工学部出身ということもあり、この技術は産業用にも使えるのではないかという発想ができたのです。そのための技術者も中途で採用しました。

白河 まさに「よそ者」目線によるアイデアだったのですね。意外と中にいる人は自社の「強み」に気がつかない。現在の事業別の収益はどのようになっていますか。
磯部 今、全社の売上高は約110億円。森下仁丹ブランドで提供している健康食品や医薬品等はヘルスケア部門に含まれ、全売上高の6割を占めています。4割が、シームレスカプセルを中核としたカプセル事業となっています。こちらはグローバル展開しています。
当初、シームレスカプセルは、「コストがかかりすぎるから、競争力はないだろう」という声が社内から上がっていたんです。ですから、この技術を伸ばしていくという発想は全くありませんでした。
やはり駒村が入社して、外部目線での「これを産業用にも使えるのではないか」というアイデアがなければ、当社の業績は回復しなかったでしょう。
熱意のあるオッサンを募集
磯部 ようやく2012年あたりから業績が向上してきました。それまでは、駒村を筆頭に一部社員が強力にけん引してきましたが、そろそろ次の100年を見据えて、しっかりした組織作りをしていこうと考え始めました。これが、今回の第四新卒採用を実施したきっかけです。
白河 「オッサンも変わる。ニッポンも変わる。」というキャッチフレーズでしたが、目立ちますね。なぜ、その層に目を付けられたのでしょうか。
磯部 業績がすごく悪かった時代、社員がどんどん流出していきました。すると社内の年齢構成がアンバランスになってしまい、ある部門では55歳以上の社員しかいなかったり、またある部門では40~50代が抜けていたりしていたんです。
特に開発部門では若手が多く、グループリーダーは30~40代。どうしてもプレイングマネジャーになってしまい、なかなかマネジメントに集中できない状態に陥っていました。
まずはしっかりしたマネジメント体制をつくることが根本的な解決法ではないかと考えました。今回は中高年層にフォーカスして、若手の教育も含めてしっかりマネジメントをしてくれる人を採用しよう、と。

白河 応募と採用の状況はどんなものでしたか?
磯部 3月1日に日本経済新聞に広告を出して以降、最終的に2200人の応募がありました。ネットニュースのトップにも掲載され、そちらで募集を知ったという方も多数いらっしゃいました。17年9月までに10人の方に入社していただき、今回の第四新卒採用は一旦終了となりました。
白河 今後も毎年採用していくというわけではないのですね。
磯部 今後は必要に応じて、という形になります。駒村は、「採用できたからいいというわけではなくて、この10人と現場が組織の力になっていくところまでが勝負だ」と強調しています。
白河 どんな年代の人が応募してきたのでしょうか。性別は?
磯部 「年齢、性別問わず、やる気のある人」という条件でした。応募された人たちは、50歳前後がボリュームゾーン。7割が男性、3割が女性でした。
白河 給料についても、一切提示していなかったのですか。

磯部 説明会で、駒村が「給与は能力に応じてお支払いします」とは言っていましたが、何百万円以上とか、1000万円以上とか、具体的な金額は提示しませんでした。
白河 すごいですね! 一般的に、人材エージェントから募集をする場合は、待遇や募集条件など細かい情報を開示しなければならないじゃないですか。そういうこともなく、2200人もの方が応募してきたというのは驚きです。
磯部 私も、その反響の大きさにびっくりしました。面接で話を聞くと、皆さん、様々な事情を抱えていらっしゃいました。例えば、今回採用した人の中に、元IT業界で働いていた48歳の方がいます。「IT業界なんて、48歳にもなったら仕事がないですよ」という言葉が印象的でしたね。彼はもともとマイクロソフトでバリバリ仕事をされていた方で、その後、何度か転職され求職活動中だったそうですが、なかなか求人自体がないそうで。
また別の方は、介護のために実家に戻らざるを得なくなって退職したという人もいらっしゃいました。
女性は、出産や介護、病気などで一度退職すると、なかなか再就職は難しいと言われていますが、男性も同様なのが実態なんだなと思いました。
それから、何十年も勤務しているんだけど、求人の広告を見たときに「自分が呼ばれているんじゃないかと思った」と言って応募された人もいらっしゃいました。
白河 素敵な話!
磯部 やはり、そのくらいの年齢になりますと、仕事もルーティン化していて、会社で新しいことをどんどんやっていくような状況ではなくなってくるのだと思います。実際、「給与や待遇関係なしに、自分の能力が生かせる場があれば、ぜひ働いてみたい」という声が多かったですね。皆さん50代でした。
白河 日本は年功序列が非常に強く根付いていますので、やりたいことがあっても、逆にやれなくなってしまうという背景があるのではないでしょうか。そこで「オッサンも変わる。ニッポンも変わる。」のキャッチフレーズが、心に刺さったのかもしれませんね。
(次回は、49歳で第四新卒により入社された人事部の永田愛子さんのお話とともに、今回の採用で求められた人物像やこれからの課題などについて詳しくお聞きします)

(ライター 森脇早絵)
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