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無念の福岡国際欠場 故障から学んだこととは

ランニングインストラクター 斉藤太郎

12月3日の福岡国際マラソンで大迫傑選手が2時間7分19秒(3位)でフィニッシュしました。序盤は硬いかなとみていたのですが、中盤から動きがほぐれてきたような印象で、とてもスムーズに進んでいました。終盤の粘りもすばらしい走りでした。

福岡国際マラソンに出場した大迫は日本歴代5位のタイムでゴールした=共同

私は2016年までこの大会に6年連続で出場し、今回もエントリーしていたのですが、欠場しました。右の股関節を故障したことが理由です。走ることができないレベルの大きなけがは、ここ10年以上なかったこと。スタートを切る選手たちを眺めるときの気持ちは、乗り損ねた電車を見つめるような切ないものでした。

「レースの結果は、わずか一行に集約される。残るものは、氏名、記録、区間順位、チーム順位の四項目だけである。そこには、怪我(けが)をしていたからとか、風邪をひいていたからと書かれることはない」。駅伝選手だった作家、黒木亮の自伝的小説「冬の喝采」からの引用です。私の心の中でずっとひっかかっていた言葉です。

失敗に2つのパターンがあるとしましょう。一つは、万全な準備を経て走った結果としての敗北。もう一つは正常には走れない、不完全な状態であることを承知の上で出場しての敗北です。

前者を「仕方のない失敗」だとすれば、後者は自らの意志で避けられるものです。ですが私の心が揺れ、陥りかけたのは後者でした。痛みをこらえて出場し、ぎこちないフォームで走る。コーチとしてもランナーとしても、やってはいけないことだと判断しました。棄権届を提出したのは初めての経験です。

走るべきでないとき

現在受けている治療の説明は後述するとして、こんな無理をしている方はいないでしょうか。

(1)「走り出しは痛い。でも我慢して走ってしまう」

走っていると痛みが消えることがあります。「治った!」と思いたいところですが、患部がまひして痛みを感じなくなっているにすぎません。我慢して走るとバランスの崩れがひどくなっていきます。要注意です。重大な状態に陥ったときに振り返ると、あの時点でやめておけば、というのがこのタイミングであることが多いです。

(2)「目標にしていたレース、抽選に当たったレースだから走らないと」

不完全な体調で走り切れるほどフルマラソンは甘い競技ではない

ランニングを通じた仲間にSNSなどで良い刺激を受ける一方で、走れない状況に陥ったときに、自分だけが乗り遅れている感覚にさいなまれ、焦ってしまうことがあります。決してあおられないことです。

ウサギとカメの話では、勝ったカメは自分のゴールしか見ていませんでした。負けたウサギは相手ばかりを意識し、走ったり、休んだりの繰り返し。周りを気にしすぎ、主体性のないアプローチだったという見方があります。「自分の最終到達目標はどこか」「今すべきことは」。このあたりを今一度、確認してみてください。

やめるには勇気がいります。ですが、不完全な体調で走り切れるほどフルマラソンは甘い競技ではありません。ゴールできたとしても何らかのダメージが残ります。それが人生最後のレースになってしまう危険さえあるかもしれません。今回、私の置かれていた状況も似ています。福岡国際マラソンのBグループへの参加資格「2時間35分0秒」を満たす記録は2年間有効なのですが、これで資格を失効してしまいました。いまだ悔しさは癒えず、しばらくは後を引くことでしょう。時間をかけて乗り越えていくしかないと思っています。

現在受けている治療

右の股関節は10月の中旬から痛み出したので、2カ月が過ぎました。今でも着地のたびに痛みがズキンと響きます。

つながりのある先生にはり治療やマッサージを受けました。意外なことですが、受けている治療で、患部に直接施術されることはあまりありません。木でいうと幹にあたる体幹。そこから生えている四肢は枝とみなします。枝の付け根である股関節を痛めているわけですが、そんなときは、枝先である足先のひずみに原因が潜んでいることが多いそうです。

私の足を分析してもらったところ、指に体重が乗っていないことがわかった(マークスボディデザインでの測定)

一方で、足先、足首など枝先を痛めたときは、付け根に原因が潜んでいることが多いといいます。痛みのある1つ先、2つ先の関節までをチェックして現象を捉える。問題の根本はどこか別の箇所にあり、そこをどうにかしてほしいというアラームが、痛みという形で発令されているのだそうです。そのため、患部に直接施術することがまれになるようです。

診てくださっている先生から「1回目の施術ではどこに原因があるのかわからないほどボロボロだった。2回目になってようやく、原因がこのあたりからきたのかな、というのが見えてきた。体に『治ろう』という気持ちがあるから大丈夫でしょう」と言葉をかけてもらった際にはとても救われました。

患部に直接的にはりなどの施術をしたり、薬を塗ったりすれば、一旦は痛みが消え去るかもしれません。ですが、どうしてその部位に負担がたまったのかを考え、全体像を見て施術をしないと、結局は同じことを繰り返すこともあるようです。

左右のバランスや脳からの指令についてもチェックしていただきました。視覚と聴覚の左右差、直立時の両足裏の圧力などのチェックです。

全体的には骨盤が後ろに傾き、姿勢が崩れています。かかとばかりに体重がかかっている状態です。左右の差が大きいことは確かなのですが、突き詰めていくと、どうやら左脳の機能が低下して、体を制御する正しい情報処理ができなくなっているようです。着地時、痛めている右側の腰が落ちるのですが、その衝撃が左脳にアンバランスな刺激を与え、その繰り返しがさらなるアンバランスを生み、左脳の処理速度が低下してしまっている状況だったそうです。

私が修正すべきものの一つに視線があります。右に沈むことが習慣付けられてしまった視線。よかったときと比べて、低い位置を通常の視線だと脳が理解してしまっているようなのです。今は「姿勢を正す」ことよりも「右の視線を高くする」意識を優先して生活しています。そうすることで結果的に姿勢が整い、骨盤の前傾が戻ることを期待してのリハビリです。

痛みの原因は…

先生方の解釈と私の感覚をつなげてみます。

おそらくは夏場の山岳レース参戦以降、足先や足首に大きなダメージがたまった。そこから回復したつもりでいたが、回復していなかった。このようになります。

振り返ると、その予兆はありました。例年のパターンでは夏場の山岳ランなどで培った基礎力を生かし、9月以降は涼しくなるにつれて設定スピードを上げた有酸素練習に移行します。自然と走るスピードが上がってくるのですが、今年に限ってはいつまでも脚が重たく、脚を振り回すような感覚で走っていたのです。

てっきり「山岳ランで太ももなどの筋肉が増え、脚が重くなったのだ」と決めつけていたのですが、実態は足先や足首回りの不具合を太ももや股関節でどうにかカバーしている、というものでした。追い打ちをかけたのが10月の多雨。ずぶぬれになってのカーブのきついトラック練習に、室内の200メートル走路での周回ランニングや、会議室の冷たく、硬い床での指導。これらが重なり、関節にさらに負担がかかったのです。

故障を通じて、身体の奥深さを勉強させてもらっています。痛みはその人のランニングフォームや生活習慣を表します。いつまでも走り続けられるために、自分の体としっかり向き合っていきたいと思います。

<クールダウン>快走は小さな努力の積み重ね
 米大リーグ、エンゼルスへの入団が決まった大谷翔平選手が岩手・花巻東高校時代に作った縦9列、横9列、合計81マスの目標シートの話です。中央の1マスには最大目標として「ドラフト1位 8球団」と掲げられています。それを取り囲む8つのマスにあるのは、最大目標を成し遂げるための中間目標。その外側には、それぞれの中間目標を達成するための小目標が書かれています。
 具体的に何をクリアすべきか、今の取り組みは後々何につながるのかを明確に自覚できるようになっていて、おのずと意識が高くなると感じました。私が指導しているメンバーにも紹介しています。
 自分の落ち度を他人に指摘された際に「ささいな話じゃないですか」と切り返す人がいます。ですが「一事が万事」という言葉があるように、細部が全体を象徴していたりするものです。小目標を一つずつ果たすことが最大目標の達成につながる大谷選手の目標シートを見れば一目瞭然。「ささいな話」で片付けることはできないはずです。快走はコツコツと小さな努力を積み重ねることで成し遂げられます。2018年、それぞれの最大目標に向けて目標シートを作成してみてはどうでしょうか。

さいとう・たろう 1974年生まれ。国学院久我山高―早大。リクルートRCコーチ時代にシドニー五輪代表選手を指導。2002年からNPO法人ニッポンランナーズ(千葉県佐倉市)ヘッドコーチ。走り方、歩き方、ストレッチ法など体の動きのツボを押さえたうえでの指導に定評がある。300人を超える会員を指導するかたわら、国際サッカー連盟(FIFA)ランニングインストラクターとして、各国のレフェリーにも走り方を講習している。「骨盤、肩甲骨、姿勢」の3要素を重視しており、その頭の文字をとった「こけし走り」を提唱。著書に「こけし走り」(池田書店)、「42.195キロ トレーニング編」(フリースペース)、「みんなのマラソン練習365」(ベースボール・マガジン社)、「マラソンと栄養の科学」(新星出版社)など。

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