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クラブ経営 課題に直面 実り多き節目の1年

2017年が終わろうとしている。愛媛のFC今治のオーナーになって3シーズン目の今年、ターゲットにしていたJリーグ3部(J3)昇格は果たせなかった。それでも、新スタジアムの開場や自分自身にいろいろな気づきがあって、実りの多い1年だったと思っている。

FC今治のオーナー業に加えて、日本サッカー協会副会長としていろいろやらなければいけないこともあり、体がいくつあっても足りない、目の回るような1年だった。そして足元のクラブ経営に関していろいろな課題に直面した1年でもあった。

クラブ経営に関していろいろな課題に直面した1年でもあった

自分は何のためにこの事業に…

FC今治をスタートアップ企業になぞらえた場合、創業からちょうど3年目くらいにやってくる分岐点に、われわれもぶつかったような気がする。

所帯は小さくても夢をいっぱい抱えたスタート地点から四国リーグ、JFL(日本フットボールリーグ)とステップアップし、3部とはいえ、Jリーグ昇格に挑戦できる位置まできた。それにつれて事業の範囲が広がり、私ひとりの手に余るようなさまざまな現実にぶつかるようになった。そこで個人商店的な従来のやり方に固執してクラブをダメにしてしまうのか、それとも企業らしい内実を伴った組織に転換して次の段階に進めるのか。そういう瀬戸際というか、節目の1年だったように思う。

葛藤を抱えたのは私自身もそうだった。利益が出るか出ないかで経営判断をすればいいベンチャー企業と違って、FC今治はスポーツを通じた地域振興という私の「思い」が核にある。クラブで働くのは、そんな私への共感や「岡田さんとなら何か面白いことができそうだ」と思って集まってくれた者がほとんどだ。

しかし、スタートアップから3年目の今年、組織を構成する一人ひとりに、どうも元気がないと感じることが増えた。自分が先頭に立って死に物狂いで働かないと、生まれたてのほやほやのクラブなんか簡単につぶれてしまうという危機感が自分には常にあり、その危機感を伝えること、共有することに必死になって、自分と同じように周りを厳しく追い込んできたことは確かだ。

理念先行型の組織にありがちな、私が外向きに熱く語る理想論がある一方で、ふと組織内に目を向けると、仕事に疲弊したスタッフがいる。地域で暮らす人々をスポーツで幸せにしたいと願いながら、その人々に含まれるはずの自分の部下たちが幸せそうにみえない。そのギャップを目の当たりにして「いったい、自分は何のためにこの事業に取り組んでいるのか?」という疑問が湧き、背筋が凍るような思いをしたのだった。

FC今治はターゲットにしていたJ3昇格を果たせなかった

肝心のチームの成績もJFLで伸び悩んだ。サッカーチームの監督をやっていたころから、次から次に難題が起きるたびに「これは何か意味があって起きている。私に何かを知らせようとしている」と思うようにしてきた。今回もそうだった。今のままでは立ちゆかなくなるぞという未来からの警告に思えた。

それでいろいろと変えることを試みた。最初にやったことが権限、責任の委譲だった。そもそも一人の人間の処理能力には限界というものがある。クラブの中で起きる事象のすべてに私がタッチすることは無理だとわかり、今年に関していえば、例えばトップチームの強化や選手育成については関与の度合いを大幅に減らした。

クラブ経営に関しても、稟議(りんぎ)から決裁まで私が全部に目を通して決めるシステムを変えることにした。それではいつまでたってもスタッフが仕事を我が事のように思えず、責任感が生まれもしなければ、生き生きと働くこともできないと思った。

それでスタッフに任せるべきところは任せるようにしたのだが、それが当初は裏目に出た。自由放任にしたつもりはないのだが、仕事に遅刻するとか、職場にゴミが増えるようになるとか、規律の緩みが目につくようになった。大事にすべき感性がマヒしていくというか。サッカーチームなら完全に末期的症状だった。

仕事場の掃除を率先して始めた

あらためて思い知らされたのは「任せるだけではダメなのだ」ということだった。任せることと同時に明確な目標を定めさせて、その目標が達成できたかどうかをきちんとフィードバックして報酬に反映させる体系をつくり上げる。そうしないと「コンフォータブルゾーン」と呼ばれるぬるま湯につかって抜け出せなくなってしまう。そんなことはサッカーのチームビルディングに長年携わり、十分にわかっていたつもりだったのだが……。

コミュニケーションを密に

率先して始めたのが仕事場の掃除からだった。仕事を任せ、目標と責任を持たせることと並行して、クラブで働く人間には360度評価を導入することにした。まず私がその対象になった。その結果、私に対する不満も含めて、いろいろと足りないものが見えてくるようになった。

クラブ内で働く者同士のコミュニケーションを密にすることにも努めた。チームづくりにフィロソフィーが必要なように、働きやすい職場にするために必要なものを「プロミス」と名付けて私なりにまとめ、それを週に1回の業務会議のときに全員の前で誰かに読ませるようにした。メールや電話で連絡を取り合う頻度も増やし、チームスタッフと食事をする機会も定期的に設けた。

そういう地味なことを丁寧に続けるうちに職場は明るくなり、真っ暗なトンネルの先が見えてくるようになった。サッカーチームを率いていたときもそうだったけれど、組織の一人ひとりが生き生きと輝いていない状態を見るのが、私には一番耐えられないことなのだ。失敗してはやり直し、また失敗してはやり直すという本当に苦しい1年だったけれど、自分では、やっと自分がいなくても企業としてやっていけるというか、周りに任せても大丈夫な体制を整えられ始めた手応えがある。精神的に本当につらかった時期から抜け出すことができた。

FC今治にとって今年一番の出来事は、今治市内の高橋ふれあいの丘というスポーツ公園の中に総工費約3億円をかけて「ありがとうサービス、夢スタジアム」(以下夢スタ)というサッカー専用競技場を開場できたことだった。9月10日のヴェルスパ大分とのこけら落としは5241人のお客さんで超満員にできた。

FC今治にとって一番の出来事は夢スタを開場できたこと

今治のご当地グルメや今治の有名店の出店はもちろん、対戦相手のご当地グルメなど全部で18のブースを出店し、来場者の目と舌を刺激する食のイベントを試合と同時に開催した。また子どもの遊び場や迷路などステージを設けてのイベントなど、いろいろなことをやった。たとえ試合に負けても「見にきてよかった」「試合以外にも楽しいことがあるんだ」と喜んでもらえる場所にしたいという思いからだった。

夢スタの効果というかインパクトは、やはり大きかった。私がFC今治のオーナーになった当座は地元の人から「どうせすぐに尻尾を巻いて東京に帰るんだろう」と斜に構えて見られていた部分があったと思うのだが、夢スタが開場して私の「本気」をやっと認めてもらえるようになったと感じる。

クラブにはスタッフがお客さんから聞き取った喜びの声を記す「ハッピーノート」と、お客さんからの苦情を記す「トラブルノート」の2種類がある。前者には、こけら落としの試合を観戦に訪れ、「こんな風景がここで見られるなんて信じられない」と泣いているおばあさんの話が書いてあり、私の胸も熱くなった。11月4日の今季最終戦で私は夢スタの出口で、来場してくれたお客さん全員を見送ったのだが、「来季もまた見にくるよ」と言ってもらうたびに、こみ上げてくるものがあった。

夢スタはピッチと客席を隔てるフェンスをあえて取り払った。観戦ルールの数も極力減らした。施設として足りないものは多々あるかもしれないが、そこは心の豊かさで乗り切っていく。日本一観戦ルールは少ないけれど、日本一観戦モラルの高いスタジアムにしたいという願いからだ。

そんな夢スタを出発点に、私はさらに大きな、スタジアムとショッピングモールなどの商業施設が一体となった「フットボールパーク構想」の実現を夢見ている。

欧州のスポーツビジネスの繁栄の基盤にはキリスト教社会があるといわれる。安息日にあたる週末、数少ない遊興の選択肢としてスポーツの興行が大きな地位を占める。

頭の中は次のスタジアムの計画のことでいっぱいだ

米国のスポーツビジネスの隆盛は大きな国土を逆手に取っているといわれる。どこに行くにも時間とカネがかかることが、テレビの前でスポーツを見て過ごす層を厚くし、放送権料が日本の何十倍もの額に膨れあがる。それが各球団の懐を潤すのだと。

そうやって比較すると日本のスポーツビジネスは本当に大変だ。たとえば、日本全国どこからでも東京ディズニーランドに1日あれば行ける。映画やライブや演劇や週末を楽しく過ごせる娯楽も身近にあふれている。東京のように1000万人の人口があって、そのうちの1割がサッカー好きで、そのうちの1%の1万人がスタジアムに毎回足を運んでくれたら経営的には何とかなるかもしれないが、今治はそうはいかない。

人口約16万人の今治で毎試合5千人を集めようとしたら、サッカー好きの人だけに頼っては無理だ。シャッターを下ろした、閑散とした街中にいるよりは、スタジアムの周りがにぎやかで面白そうだから見にきたという人も集めないといけない。そういう層のインサイト(消費者欲求)を満たすのも大事な役目。だとしたら、「いいサッカーを見せたら、それでいいんだろう」という上から目線の対応ではとても務まらない。

心の豊かさ感じさせる核にサッカー

スタジアムとその周辺の施設に足を運ぶのは、心震える感動、心躍るわくわく感、心温まる絆を感得できるから。そんな心の豊かさを感じさせる核にサッカーがあり、人と人をつなげる場所としてフットボールパークがあると思い描いている。

チームの成績は2年刻みで計画を立てている。四国からJFLに昇格するのに2年を要し、JFLからJ3に上がるのも2年かかると見込んでいた。JFL2年目の18年は勝負の年になる。

来年所定の成績を収めてJ3に昇格すると、次はJ2がターゲットになる。スタジアムの仕様でいえば、開場したばかりの夢スタでもスペック不足。J2から格段にハードルは上がり、少なくとも1万人収容のスタジアムを用意できないと門前払いにされる。私の頭の中は、次のスタジアムの計画のことでいっぱいだ。

あれこれと仕事に追われ、今年は肉体的にきついなと思うときもありました。体が資本だとあらためて感じた1年でもありました。

読者の皆さんも健康に留意して、よいお年をお迎えください。

(FC今治オーナー、サッカー元日本代表監督 岡田武史)

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