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投手に転向、プロ目指す 京田に敗れた男の再挑戦

編集委員 篠山正幸

谷沢健一さん(元中日)が率いる千葉・柏のクラブチームに、野手から投手に転向し、プロを目指す選手がいる。「投手から野手」は珍しくないが「野手から投手」はアマチュアでも簡単なことではない。転身を支えるのが「肩は消耗品ではない」という、これまた珍しい理論。異例ずくめの挑戦だ。

伸びしろはまだまだある

野手から投手への転身を目指す浅利

大胆な変身に挑んでいるのは浅利俊投手(24、常総学院―日大)。大学卒業後、1年のブランクを経て、今年「YBC(谷沢野球コミュニティ)柏」に入団した。YBCは都市対抗出場の実績はないが、クラブチームの強豪として知られる。

2005年に結成されたクラブは、社会に出てからも硬式野球を続けたい、あるいはプロへの夢を追いたいという選手たちの受け皿となってきた。

浅利の武器は183センチ、88キロの体から投げ下ろす140キロ台後半の速球と、カットボール。今年の都市対抗野球の南関東予選では本大会常連のホンダ戦で三振を奪うなど、可能性を示した。

高校、大学時代は主に遊撃を守る内野手だった。大型ショートとして期待されたが、大学時代、壁がたちはだかった。今季、中日に入団し、新人王に輝いた京田陽太。1年あとに入学してきた京田は守備、打撃ともセンス抜群。浅利も2年からベンチ入りを果たしたものの、遊撃の定位置は京田のものとなり、三塁などで少ない出場機会をうかがうのみとなった。

大学卒業後、ふいに浮かんだのが、投手ならまだいけるかもしれないという希望。もともと遊撃で肩は強い。しかも高校、大学で使い減りしていない。もっと上のレベルで野球をするための賭けだった。

悲願の都市対抗出場を目指すYBCの久保田浩司監督はセンターラインの強化のため、遊撃手としての浅利に声をかけたつもりだった。ところが本人はがんとして投手希望を譲らなかった。

大学卒業後1年間"浪人"した。その間、我流で投球練習を重ね、YBCでもついに周囲を根負けさせる形で投手となった。

新米投手だけに粗削りでホンダ戦では2回1/3で1失点。ボークも犯した。それでも「ホンダの打者から三振をとれたのは自信になった」と浅利。投手を始めて日が浅く、伸びしろはまだまだある。

「体全体で投げれば壊れぬ」

ブルペンで投球練習する浅利(中央)とフォームを指導する荻野さん(右端)

その挑戦を支えるのが、アドバイザー的な立場で指導している元ロッテの荻野忠寛さん(35)だ。8年のプロ生活を経て、アマチュア球界に復帰した荻野さんは「肩は消耗品ではない」というユニークな理論で、投手を指導している。

ロッテファンならずとも、荻野さんの現役時代を知る人は「えっ?」と思うかもしれない。故障に悩まされた末に現役を終えたからだ。

2008年には30セーブを挙げ、ファンに強い印象を残した。しかし、その後は故障に苦しんで計4度、右腕にメスを入れている。そんな経歴からすると「肩は使い減りしないもの」という荻野理論には無理があるようにも思える。

荻野さんによると、故障、手術からの復帰を模索するなかで、みえてきたものがあるのだという。

「無理に腕を振ろうとするから故障するのであって、体全体で投げれば肩、肘が壊れることはない」。理にかなった投げ方をしていれば、何球投げようが肩、肘はもつというのだ。

ロッテ時代の最後、1軍復帰もままならず、リハビリに取り組んでいた。いわゆる定番となっているリハビリメニューではだめで、独自に工夫を重ねるなかで肩、肘に負担のかからない投げ方があることを発見した。

浅利の1年後輩、京田は守備、打撃ともセンス抜群だった=共同

肩は消耗品という、現在ではほぼ定説となっている考え方の根底には、モノを投げるという動き自体が人体としては不自然なものであり、関節に無理を強いるもの、あるいは、ごく一部の部位だけに負担がかかる偏った運動であるという考え方がある。

予防的ケアにもっと目を向けて

これに対し、荻野さんは人間が太古から、狩猟などのために石を投げ、やりを投げてきたことを引き合いに、モノを投げるという動きは人間にとって決して不自然な動きではない、と力説する。この理論を推し進めていくと「正しい投げ方ができていれば、そもそも登板前のウオーミングアップや、アイシングなど登板後のケアも要らないはず」というところまで行き着く。

投手の故障後の手術、リハビリ技術には一定の進歩がみられるが、荻野さんはむしろ、故障する前のケア、つまりよいフォームを身につけ、故障をしないようにする予防的ケアにもっと目を向けるべきではないか、と提唱する。

投手の指導は「腕を振る」ということに重きが置かれがち。これに対し、荻野さんは腕を振るという意識を消すことが大事だと説く。下半身を含め、全身の動きが同調していれば、意識せずとも自然に腕が振れるようになるという。

確かに昔の大投手を思い出せば、400勝投手の金田正一さん(国鉄=現ヤクルト、巨人)、300勝投手の鈴木啓示さん(近鉄)らのフォームはどこにも力が入っておらず、試合本番でもキャッチボールの延長のようにみえた。ことさらに腕を振ることを意識しているようにはみえなかった。

現在、そうしたフォームで投げている投手として荻野さんは岩瀬仁紀(中日)や能見篤史(阪神)らを挙げる。前田健太(ドジャース)もどんどんよくなってきている、とみる。「連投がきくのはフォームに無理がないから」。こうした話を聞くと、荻野理論はむしろ正統派に属するものかもしれない、とも思えてくる。

経験は浅いが、伸びしろがある浅利のフォーム

浅利は荻野さんの指導を受けるようになってから、肩、肘の負担が軽減されたと感じている。以前は短いイニングであれ、投球後はパンパンに腕が張っていたが、そうした症状がなくなってきた。

「力が逃げない投げ方ができるようになってきたのかもしれない」という。無駄な力を使わず、効率的にボールに力を伝えられるようになれば「球速もまだ上がる可能性がある」(荻野さん)。

苦労しているのは自分だけでない

浅利にとって実質的に投手2年目となる来季だが、プロという目標を考えると、与えられた時間は長くない。クラブチームの選手として、仕事との両立を図らねばならないという、学生時代にはなかった試練もある。

習志野商工会議所に勤めている浅利。会員の事業所や工場などを巡り、要望を聞くのも仕事の一つだ。どこの事業所も人手不足に悩んでいるという。

社会に吹く風の厳しさも感じながら、野球に取り組む日々。仕事と野球の両立は楽ではないが、苦労しているのは自分だけではないということを肌身で知っているのは社会人ならではの強みかもしれない。

荻野理論を体現する存在となり、京田と同じ舞台に立つ、という夢に近づくことができるかどうか。

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