2018年10月20日(土)

ベルト奪取 解放された重圧 ボクシング村田諒太(上)

2017/12/28 6:30
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2017年の顔は年末も引っ張りだこだ。Jリーグ年間表彰式にプレゼンターで登壇し、年賀状イベントでは羽織はかま姿を披露した。大みそかにも紅白歌合戦審査員という大役を残している。

これぞスターダム、世界チャンピオンになったと実感する毎日にある。「周りは変わったけど、自分はこれまでと同じ」と多くの成功したアスリートは語るものだが、村田諒太は「自分も少なからず変わった」と明かす。そして、こう付け加えるのだ。「あんまり美しい話じゃないですよ」

年末のイベントに引っ張りだこ。世界王者になったことを実感している

年末のイベントに引っ張りだこ。世界王者になったことを実感している

最も自覚させられたのは、己の内に抱え込んできたコンプレックスだった。世界チャンピオンの肩書に対しての。その感情はそのまま他者にも向けられた。

「例えば、30日の井上尚弥の試合も素直に応援できる気持ちです。今まではちょっと違った。どこかで嫉妬心みたいなものがありました。軽量級はチャンスがすぐ来るからいいよなと。所詮は軽量級だろって今も上から目線なら筋は通っている。でも、世界王者になってからは応援したり祝福したりしているから、何だおまえって自分で自分に突っ込みたくなる」

そんなふうに自嘲するのも、村田が世界王者の肩書をそれだけ重圧に感じてきた証しだろう。4年前のプロ転向と同時に「日本初の五輪金メダリストの世界王者」「日本2人目のミドル級制覇」という大願を背負わされた男にしか分からない、孤独で内なる戦いだったのではないか。

「自由な挑戦」楽しみに

電通、フジテレビ、帝拳ジムが組んだプロモートは、一ボクサーの挑戦というよりもプロジェクトの趣だった。5月、10月と2度にわたった世界ボクシング協会(WBA)ミドル級タイトルマッチはいずれも10を超える興行スポンサーを集めて実現した。このあたりのビジネスの仕組みにも関心の強い村田は人一倍、重責を感じてきたはずだ。

「僕自身は仮にチャンピオンになれなかったとしても、プロになったことに後悔はない。やることやってきたし、著名人やアスリート、経営者の人たちと会う機会にも恵まれた。大学職員(東洋大)のままならあり得なかった経験をさせてもらっている。でも、何で重圧を感じてきたかというと、それだけ他人の評価を気にしているから。人間の器が小さいなあ、と改めて思いましたね」

もっとも、そんな複雑な感情を動力源にしてきた人生でもあった。アマチュア時代から「日本人にミドル級は無理」との外野の言葉をどれだけ耳にしてきたことか。それでも諦めなかったのは自己の可能性を信じていたからであり、「どうだ見たか、と言わせたい気持ちを持っていた」からでもある。生来の反骨心で再び分厚い壁を破った。

重圧から解き放たれた今、村田は違う自分に会うことも楽しみにしている。「プレッシャーがない分、自由に挑戦していける。ボクシングの面でもプラスがあると思う」。ただただ夢見心地だった金メダルの時とは違う。しっかりと続きを見ている。=敬称略

(山口大介)

〔日本経済新聞夕刊12月25日掲載〕

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