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第一三共 抗がん剤を救世主イヴェルに託す

第一三共は2020年度までに総額9000億円の研究開発費を投じて抗がん剤の開発を加速する。25年度までに7つの大型新薬を発売して同事業の売上高を、現在の20倍の3000億円に引き上げる計画だ。16年に英アストラゼネカから「三顧の礼」でがん領域の研究部門の責任者に迎えたアントワン・イヴェル氏が手腕を発揮、新薬候補品もそろってきた。足元の収益環境は厳しいが、イヴェル氏が救世主となり最激戦の抗がん剤で活路を見いだせるのか。

「あらゆる資源をがんに傾斜配分する。資金が足りなければ(M&Aなどの予算枠の)事業開発費の5千億円も投入する」――。第一三共の中山譲治会長は13日に都内で開いた研究開発部門の戦略説明会でこう強調した。17年3月期の研究開発費は連結売上高の22%に相当する2100億円程度。抗がん剤に重点配分する9000億円という投資がいかに大きいかが分かる。

第一三共といえば、歴史的に循環器系の治療薬大手だ。高脂血症薬「メバロチン」(1989年発売)や降圧剤「オルメサルタン」(02年発売)などがブロックバスターとなった。特にオルメサルタンが経営の屋台骨を担ってきた。14年度に3000億円弱とピークの売上高を達成したが、特許切れを迎えた。17年度の営業利益見通しは前期比16%減の750億円だ。

中山会長は抗がん剤について「00年代から研究してきた」と話すが、自社開発品の投入は早くても18年の見込みだ。16年度の売上高は約150億円にすぎない。武田薬品工業の3300億円、アステラス製薬の3000億円と比べれば出遅れどころか、背中も見えない状況にある。

中山会長は16年4月、がん領域の研究開発のトップへ元アストラゼネカのアントワン・イヴェル氏を招いて体制を立て直し、追撃態勢が整いつつある。17年10月時点で抗がん剤の治験は30本近くまで増えた。治験数では武田に匹敵する。

 そこにはイヴェル氏が進めてきた改革の成果が出ている。就任直後に「バイオベンチャーモデル」を導入した。生物学から薬理、創薬化学まで全て開発プロジェクトのリーダーが一貫して担い、決定権も多くを現場に委ねた。開発の優先順位付けも徹底し第1相でも難しいとみれば、容赦なく開発をやめる。17年1~3月期には、第1相の抗がん剤だけで3本を開発中止にした。ある幹部は「昔の姿を知るからこそ、今のスピードは桁違い」と舌を巻く。

第一三共の抗がん剤戦略では化合物と抗体を組み合わせた「抗体薬物複合体(ADC)」と「血液がん領域」で勝負する。特にADCはスイスのロシュや武田など限られた企業しかできなかった技術であり、その実用化にメドをつけたことは業界関係者を驚かせた。

特に有望なのは治験(臨床試験)を急ピッチで進めているADCを使う抗がん剤「DS-8201」だ。武田など前世代のADCと比べて抗体に2倍の化合物を付けられ、薬効を高められる。治験の初期段階である第1相で腫瘍が3割以上縮んだ患者の割合は難治性の乳がんで5割を超えた。胃がんでも効果を示した。ある製薬大手の開発幹部は「悔しいが、素晴らしい結果だ」と認める。

12月に米国で開かれた乳がん学会では、第一三共の開発者が何度も医師から治験への協力を申し出られたという。

イヴェル氏が「19年度の申請も選択肢」と胸を張るほど異例のスピードで開発が進む。15年から治験に入り、すでに申請の予定を2年も前倒した。イヴェル氏はアストラゼネカ時代に抗がん剤の治験から発売の期間を従来の半分近い4年でなし遂げた実績がある。それがアストラゼネカの虎の子である「タグリッソ」だった。

イヴェル氏の口癖は「標準治療を破壊する」ことだ。その真意は他社にない独創的な新薬候補を開発し治療の常識を覆すことだ。DS-8201以外にも有望株を抱える。まだ効く薬がないたんぱく質をADCで狙う「U3-1402」や遺伝子の働きに着目した血液がん治療薬「DS-3201」も画期的な治療薬になると見込む。

イヴェル氏は今後発売を狙う7製品について「アグレッシブだが、現実的な目標」とし、「高いゴールを設定することが競争で優位になる源泉だ」と語る。

UBS証券の関篤史アナリストは「3年前のR&D説明会の資料と見比べると、全くの別会社だ」と話す。第一三共の3年前に形が明確だったのは鎮痛剤や抗凝固剤など少数だった。16年度に「必達目標」とした営業利益1千億円も未達で、投資家の信頼も裏切ってきた。ただ、現在のパイプラインは従来から強化され、「DS-8201を考えれば、25年度に売上高3千億円の目標は低い」との見方もある。

中山会長(右)と真鍋社長の二人三脚でがん事業を強化する(17年1月の社長交代会見の写真)

 第一三共は05年9月に三共と、第一製薬が経営統合して誕生した。当時はメバロチンなど「過去の遺産」で高い収益を上げており社内に危機感が乏しかった。08年に5千億円弱で買収したインドの後発薬大手ランバクシー社は品質不正など不祥事を繰り返し、巨額損失の計上に追い込まれた。経営が混乱し新薬の開発も停滞した。

ライバルだった武田が巨額の企業買収など派手な戦略を相次ぎ打ち出すなか、第一三共の存在感は低下するばかりだった。中山会長は今回の抗がん剤への集中戦略で退路を完全に断った。この戦略が成功しなければ、多額の資金と貴重な時間を失い、国内の製薬大手の地位すら危うい。

中山会長は「外より内部資源に大きな機会が見えた。(開発権などを買う)導入を控えてでも自社品の開発費に回したい」と言い切る。第一三共が誕生した際、競合他社は規模の拡大より両社の研究開発力の融合に脅威を感じた。第一三共の未来を託すイヴェル氏が研究開発部隊を率いて地力を発揮、競合を圧倒するブロックバスターを生み出せるか。世界で勝ち残るためのラストチャンスといえそうだ。 (山本夏樹)

[12月21日付 日経産業新聞]

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