「このオフィスの壁面って立派なキャンバスじゃないですか」――。
森ビルのタウンマネジメント事業部のリーダー中裕樹(32)は児玉太郎(40)の言葉に膝を打った。児玉はヤフージャパンを経てフェイスブック日本法人を立ち上げた起業家。現在は森ビルと連携関係にある起業支援のコンサルティングを手掛けるアンカースター(東京・港)の代表取締役をつとめる。その児玉の言葉に中は「そうだ。それで行こう」。TOKYO・MURALプロジェクトが動き出した。2017年のことだった。
そして今年10月、プロジェクトは結実する。新虎通り(環状2号線)通り沿いの高さ33メートル、幅27メートルものビルの壁面に巨大な「渦」をテーマとしたアートが出現したのだ。壁画は日本を代表する若手芸術家であるSALとJonjon Greenが描いた。
キャンバスとなったビルは築29年。森ビルが所有するビルで、いずれはそれほど時間を置かず建て替えを検討しなければならないが、中はこれをうまく使おうと考えた。
「新虎通りは森ビルの顔。何かクリエーティブな企業が集まれ仕掛けはないか」。思案を重ねる中の背中を児玉が「それなら思い切って絵を描いちゃえ」と押してくれたのだった。
児玉がそう言ったのは偶然ではない。起業を生業(なりわい)する児玉の周りには常に現代アートがひしめいていた。6人で立ち上げたフェイスブックの日本法人もそう。東京都港区のオフィスは壁面の絵はもちろん椅子や机、調度品の多くが現代アートなのだ。
これまでの延長線上のビジネスモデルではダメ。常に新しい発想を求められるベンチャー企業の場合、オフィスが現代アートで一杯のところは多い。「ならば街そのものを現代アートにすればいい」。
児玉の思いは中と共鳴した。もともと森ビルは街づくりにアートを組み込むことに強いこだわりを持つ会社。六本木ヒルズでも本来なら最も賃料が高くとれる53階にあえて美術館を設けたり、玄関前の広場に巨大な蜘蛛(くも)のオブジェ「ママン」を置いたりしているのはその証左だ。
虎ノ門ヒルズを核としたエリア一体を「グローバルビジネスセンター」とするなら、やはり虎ノ門ヒルズと新橋をつなぐシンボルストリート(760メートル)にもアートは不可欠な要素だった。「どうせなら思い切って」
挑戦はストリートのど真ん中から始まった。=敬称略
(前野雅弥)
[日経産業新聞 2017年12月18日付]