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ゴンザガ大・八村塁、NBAに最も近い日本人選手

スポーツライター 丹羽政善

18日から日本経済新聞夕刊で米大学バスケットボールの八村塁(ゴンザガ大)の短期連載をしている。

八村は2016年、バスケの名門である宮城・明成高校から、これまで何人も米プロバスケットボールNBAの選手を輩出しているゴンザガ大へ進学。2年目の今季、NBA入りも噂される中で、チームの主力の一人に成長した。連載では主に彼のバスケットボールに懸ける思い、覚悟について焦点を当てたが、ここでは彼の人となり、取材の裏話、限られたスペースで書ききれなかったことをまとめてみたい。

2年目の今季、主力の一人に成長=GONZAGA ATHLETICS提供

まず、八村がバスケットボール留学をしているゴンザガ大は、米ワシントン州東部のスポケーンという小さな町にある。スポケーン川を挟んで対岸にはワシントン州立大があり、日本風に描写するなら「学園都市」ということになる。

シアトルからは車で4時間半ほど。ともにこの時期は雨が多く米北西部特有の気候は似ているが、シアトルから車を走らせると、徐々に寒さが増していく。

ダウンタウンの街並みは、古き良き時代の面影に自然がうまくマッチ。滝があり、春先までは雨が多い街だけに、水量が豊富で迫力がある。

食に関してはそこまで通っているわけではないのでわからないが、八村が「おいしいラーメン店があるんですよ」と教えてくれた。

「チームメートと時々、食べにいきます」

調理しているのは日本人ではないというものの、懐かしい日本の味が再現されているそうだ。

NCAAトーナメント初出場

彼がプレーしている「ブルドッグス」というニックネームを持つゴンザガ大バスケットボール部は、大学の全米トップを決める「NCAA(全米大学体育協会)トーナメント」に過去20回出場している強豪校だ。

甲子園球場で行われる高校野球の大会を米国で説明する場合、「NCAAトーナメントのようだ」と形容すると話が早いが、そのトーナメントに現ヘッドコーチ(HC)のマーク・フュー氏が1999年に就任してから18季連続出場。大学がウエストコースト・カンファレンスに属し、強豪校が少ないことが有利に働いている面はあるが、昨季の大会では初めて決勝まで駒を進めている。

チームメートのティリー(左)とはラーメンを食べに出かけることも

八村はそんなバスケットボールの、米国でも"超"がつく名門校にスカウトされ、ロースター(出場選手登録)に名を連ねている。NCAAの「ディビジョン1」(最大の規模を持ち、スポーツのレベルも高い大学が加盟)でプレーする日本国籍の選手としては5人目だが、昨季、NCAAトーナメントに出場した初の日本人選手として名を刻んだ。

さて、以上が八村を知る上での簡単なバックグラウンドだが、昨季はなぜ出場機会がなかったのかという点について、まず触れておきたい。連載の1回目でも取り上げたが、もう少し掘り下げると、その理由がさらにわかりやすいのではないか。

日本で無類の強さを誇った彼も大学のトップレベルでは通用しなかった、というわけでは決してない。むしろ、出場選手に登録されただけでも彼のキャリアにとっては最高のスタートになった。

というのもチームは当初、試合には出られないレッドシャツ(練習生)を八村に勧めたのだという。大学1年目は授業のペースに慣れるだけでも大変だ。さらに、フューHCの複雑な戦術を理解するにも時間を要する。つまりチームは環境の変化にスムーズに適応できるよう、そうした選択肢を八村に提案したのである。

それは彼を大切に育てたいという配慮でもあったが、勉強の面ですでに基準点を突破していた八村は「1年目は育成」というチームのコンセプトも理解し、出場時間が短くなることを承知の上で実戦にこだわった。肌でレベルを感じておきたかったのだ。すると最終的にはチームもその意思を尊重した。

結局、昨季は28試合で128分間しか出場できなかったが、今年11月終わりに開幕7試合目で昨年の出場時間数を上回ると、八村は昨年の決断が間違っていなかったと、安堵さえその言葉の中ににじませた。

焦ることなく、自分の将来を見つめている

「昨年もレッドシャツを着るか着ないか、ということがあったんですけれど、やっぱり着なくて本当によかった。もしも着ていたら、今年はどうなっていたのかと考えることがある。昨年のあれは本当に大きかった」

高くジャンプするには一度、体勢を低くする必要がある。チームの考えに八村も異論はなく、それでも少し足慣らしができた。昨季の128分間は彼にとって貴重な財産になった。

驚かされた英語の進歩

ところで、八村の取材を始めてみて、まず驚かされたのはその英語力だ。連載でも触れたが、開幕戦の試合後、米記者とのやり取りが耳に入ってきた。断片でしかなかったものの、質問を聞き返すこともなく、よどみなく答えていた。

彼の場合、学校の授業、バスケットボールの練習、寮での生活など英語漬けの毎日。外国語をマスターするには最高の環境だが、たった1年ちょっとであそこまで上達するとは……。

もちろん、まだ不安もある。12月1日の試合では相手のオフェンスに翻弄され、「複雑すぎて僕も何をやっているのか、わかんないぐらいになっちゃった」と話したエピソードを連載でも紹介したが、実はあのとき、コーチからの指示を理解できなかったのだという。

「コーチも難しいことを言い始めたりするので、コミュニケーションの部分でも駄目だった」

記者会見することにも消極的で「まだちょっと、いいっす。やんないっす」と苦笑したが、今季が終わるころには不安がなくなっているのではないか。

一方、日本語で話す限り自分の言葉を持っている。

中学でバスケットボールを始めたときの経緯が面白いので、そのまま掲載したい。

「小学校のときは1年生から6年生まで野球をやっていたんですよ。でもなんか、違うなぁと思って。他のスポーツをやりたいなあっと思って探しているときに、バスケットが……。いや、バスケっていう感じじゃなくて、陸上とか適当にやろうかなあと思ってたんですけれど、クラスメートにバスケの子が一人いて、その子が『来い、来い』ってしつこくて(笑)。本当にしつこくて、毎日来てました、2週間ぐらいずっと。部活を決める期間ってあるじゃないですか。本当にしつこく『わかった。行くから』って言ったら、コーチがすごくウエルカムしてくれて。見学のつもりがプレーまでさせられて『おぉ、いいぞ~!』って言ってくれて……」

そのときの情景が目に浮かぶようである。ちなみに彼をバスケットボールに誘った友達とは今も仲がよく、「連絡を取り合っている」そうだ。

続いて、八村の将来性について話を進めたいが、まだ実績のない、今季開幕前の時点で「NBADraft.net」というドラフトの予想サイトが、18年6月のNBAドラフトで1順目指名されると評価した。それだけポテンシャルがあるということだろう。仮にそうなれば、快挙である。しかも、1巡目候補とは。

NBAドラフトで指名されるのはわずか60人。2巡目で指名されるだけでもエリートだが、契約が保証されるのは1巡目で指名された選手だけ。2巡目の選手はサマーリーグ、キャンプを通してふるいにかけられる。1巡目と2巡目では年俸の面でも差が出るが、八村が1巡目で指名されれば、つまりはNBA入りが確定するのである。

12月に入って先の予想サイトでは圏外となった八村だが、遅くとも19年のドラフトで指名されるとも噂され、徐々に現実味が出てきた。

もっとも本人はそんな周囲の盛り上がりとは距離を置いている。

パスを受け、そのままダンクする=GONZAGA ATHLETICS提供

「小さいころから言われたりして、プレッシャーとかあったんですけれど、今はなんとも思ってない。他の人が言っているだけなので。自分は自分でやるべきことをしっかりやる」

18年のNCAAトーナメントが終わると決断を迫られるかもしれないが、「本当に今は考えていない」と話し、続けた。

「1試合1試合やって、ということだけ。その後の結果じゃないかなと思います」

先のことよりも、今は目の前の課題を一つ一つクリアする。小石を積み上げるような地道な作業を続けることで、目標に近づくことができる。彼は地に足がついている。

今もお風呂に入る習慣

なお、連載の1回目で触れたシャワーの長さについては、後日談がある。

次の試合でも彼はシャワールームからなかなか出てこなかった。すると、ルームメートでもあるキリアン・ティリーという選手が「あいつは今ごろ、バスタブに入っている」と教えてくれた。

どうやらロッカールームの裏には、2メートルを超える選手でも、足を伸ばせるだけのバスタブがあるようだ。米国や海外の選手はシャワーだけでも問題はないが、八村は日本人。お風呂に入る習慣がある彼にとっては、至福のひととき。

もちろんそれは体のケアとも関係がある。強豪との試合が続いた12月1日の試合後、「やっぱり、(体の)大きいチームとずっとやっていたりすると、慣れてくるっていうのもあるんですけれど、その分、疲れとか、ケアのところで大変にもなってくるので、そこをしっかりしたい」と話していた。

ゆっくりと湯船につかる。それは彼にとって体の疲れを取る手段の一つなのかもしれない。

さて、ゴンザガ大の今季開幕戦で八村塁が活躍するのを記者席から見ていて、感慨深いものがあった。

20年以上も前――。94年2月にミネソタ州ミネアポリスでNBAのオールスターゲームが行われ、このとき初めて米四大スポーツの取材をした。

その後、大リーグでは日本人選手が次々と移籍し、主力として活躍するまでになったが、NBAでは04年に田臥勇太(栃木ブレックス)がプレーしたのみ。田臥もその年の12月中旬に契約を解除されると、以来、日本人選手の出場記録はない。サマーリーグなどを通じてNBA入りのチャンスをうかがう選手もいたが、いずれもNBAの高い壁を痛感させられることになった。

だが、そんな壁を今、八村は軽々とまたいで越えようとしている。

試合序盤――。ディフェンスからの速攻で抜け出した彼が、パスを受けてそのままダンクシュートしたのを見たとき、NBAへの扉が開かれているのがはっきりと見えた。

八村本人も手応えを口にする。

「結構前から近づいているなって思っている」

その日はおそらく、近い将来にやってくる。

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