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すき家、角を矯められた牛丼の「革命児」

牛丼チェーン最大手のすき家が11月22日、値上げを発表した。激しい値下げ合戦をしかけ外食売上高トップになったが、深夜の1人勤務(ワンオペ)で過重労働を指摘されたダメージからはまだ回復できていない。東大全共闘出身の創業者、ゼンショーホールディングス会長兼社長の小川賢太郎(69)の闘争心の火は消えてしまったのか。

「まさかすき家が」

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「安さのイメージしかなかったのに、値上げは痛い」。11月29日正午ごろ、東京都内のすき家で牛丼大盛りを頼んだ30代の男性会社員は苦笑いした。すき家は11月22日、大盛りを470円から480円に、特盛りを580円から630円に引き上げる(並盛り350円のまま)と発表したのだ。

ライバルは驚いた。並盛り380円、大盛り550円の吉野家の幹部は「原材料高とはいえ、値上げが客足に与える影響は大きく、まさかすき家が動くとは」と話す。

すき家といえば、2009年ごろからの牛丼値下げ競争の仕掛け人だ。ゼンショーは14年4月の消費増税に合わせて、逆に並盛りを280円から過去最安の270円に引き下げた。15年4月に牛丼業界は牛肉高騰に見舞われ、ゼンショーも並盛りを350円に値上げした。だが同時に牛肉とタマネギを2割増量し、価格も吉野家より30円安い水準をなんとか維持し、客数減を最小限に抑えた。

だが、今回はコメや牛肉の高騰、人件費の上昇を上乗せした単純な価格転嫁だ。これまで値上げする時は全サイズで一律が基本だったが、今回は客離れの影響の大きさから注文が多い並盛りとミニサイズは据え置くことを決断した。

異変が起きたのは今秋。「これ以上のコスト増は限界です」。ゼンショー幹部は、会長兼社長の小川に値上げに踏み切りたいと訴えた。米国産牛肉の市場価格は4~9月に42%上昇し、コメの価格も9%高騰した。

ゼンショーは、コスト増の要因について「アルバイトなどの人件費増はあるが、それがメインではない」と説明する。だが、ボディーブローのように効いているのは確かだ。2014年の過重労働騒動の後、全国約2000店のうち1200店で停止した深夜営業の再開はいまだに途上だからだ。

深夜営業、まだ100店舗で再開できず

2014年春、一部のバイトの欠勤で100店以上が一時休業したのが発端だった。原因の一つが深夜の1人勤務体制、いわゆる「ワンオペ」。ゼンショーはワンオペをすぐ解消できない約1200店で深夜営業を休止した。

当初はバイトの時給を2%、平均で約20円引き上げてアルバイトを確保してきたが、各業種での深刻な人手不足で再開ペースが急速に鈍った。「ワンオペなし」で深夜営業を再開するには、予備のアルバイトを含め1店に最低で6~7人の確保が必要という。全店再開の目標時期は延びに延び、現在でも約100店舗が残ったままだ。

小川自身はワンオペが諸悪の根源とされるのに抵抗を感じていたようだ。

業績修正などについて記者会見するゼンショーホールディングスの小川賢太郎会長兼社長(右)(2014年8月6日午後、東京都港区)

 小川は東大で全共闘の運動に身を投じたが、革命の理想は砕かれ大学を中退。一時港湾労働者などを経て、「資本主義の枠組みの中で世界の飢餓と貧困をなくしたい」との思いから当時急成長していた吉野家に就職した。すでに国内200店舗を超え、米国にも進出していたが、牛肉不足で品質を落としたことなどから客が離れ、経営危機に陥った。小川は、吉野家の株主だった不動産管理会社に移り吉野家の再建をはかる。だが、結局会社更生法の適用を受けて吉野家の経営権は管財人側に移ってしまった。

小川は残った部下たちとともに1982年、すき家の前身となる弁当屋をオープンし、再出発した。

当時吉野家はサラリーマンや肉体労働者が仕事の合間にかき込むファストフードの代名詞だったが、小川は、もっと時と場所と客層を変えたチェーン展開が可能だと考えていた。

ささやかな抵抗

都市部の吉野家と違い、すき家が家族連れが多い郊外店に店舗網を広げていったのは、こういった考えからだ。一方、郊外店は深夜の客は少ない。ワンオペを取ることで、コストとの両立を図りながら24時間営業店舗を高水準で出店してきた。2008年、ゼロから始めたすき家は国内1200店舗となり吉野家を超えた。「深夜にひとりで気ままに作業ができるワンオペを好んで選ぶアルバイトもいた」(幹部)。ワンオペこそ、すき家の独自性を担保する、競争力の源泉だったといえる。

牛丼を値上げするすき家の店舗(東京都内)

通称「7.7宣言」。ゼンショーには今も外部に公表していない社内文書がある。ワンオペ問題に揺れていた14年7月7日に小川が社内に通達したものだ。そこには騒動を受けて、法令順守を徹底しなければならない旨が記されていながら、それでもさらに「利益率を高めて成長を続ける」と書かれていた。外食チェーンも製造業なみの生産性向上が叫ばれる中で、やりすぎれば過重労働と批判をあびる。ある幹部は「ささやかな抵抗だったのではないか」と語る。

それでも、かつて革命による労働者の解放をめざし、飢餓と貧困の解決の手段として築き上げた外食チェーンが「ブラック」の温床と呼ばれることに小川自身は耐えられなかったのかもしれない。

「世界一を目指す小川CEO(最高経営責任者)の下に、昼夜を厭(いと)わずに生活のすべてを捧(ささ)げて働き、生き残った者が経営幹部になる」――。14年7月にゼンショー過重労働問題の第三者委員会が出した提言は厳しい表現でワンオペを糾弾した。

 報告書を受け入れた小川は、角を矯(た)められた猛牛のようにも見える。ゼンショー流の効率主義の否定を受け入れたときから、大量出店による売上高の伸びでコストを吸収し、安値を維持するという勝利の方程式が崩れた。

業界団体にも初めて加盟

値上げはこうした構造変化の帰結であると同時に、ゼンショーの攻めの姿勢に変化が起きているサインでもある。

「(長男には)外部と積極的にコミュニケーションをとってほしい」。今年6月の株主総会で小川はこう語った。まるで自分のいままでの一匹オオカミぶりを反省しているようにも聞こえた。今年4月には、業界首位でありながら加盟していなかった日本フードサービス協会にも加盟した。

業績は2015年3月期こそ最終赤字に陥ったものの、17年3月期の連結売上高は5440億円。最終利益は10期ぶりに過去最高益を更新するまでに回復した。ゼンショー傘下にはファミレスの「ココス」「ビッグボーイ」、回転ずしの「はま寿司」などもあり、すき家の売上高そのものは全体の3割ほどに減った。

06年に入社した長男で常務の一政が手がける海外事業は年間出店数が100店舗に迫り、初めて国内を上回った。逆に国内は16年度は年10店。過去最多の200店以上を大量出店した11年度の熱気はない。もはや国内牛丼は「成長よりも収益の安定が重要」(幹部)と割りきっているようだ。

「ステージが変わった」。小川は今年に入って度々こう口にするようになった。

ゼンショーホールディングスが国内外で成長を期待する「はま寿司」(中国・上海市の店舗)

牛丼以外のドライバーは

来年、70歳を迎える小川が描いているのは、牛丼だけなく、ファミレスやすし、スーパーなども含めた総合外食企業だ。いうまでもなく各分野にはゼンショーより強い企業が待ち構える。ゼンショーが運営する回転ずし、「はま寿司」は売上高が1000億円を超えるもっとも有望な次のドライバーだ。しかし業界ではスシローと元気寿司の統合で売上高1800億円のグループが生まれる。独走を阻む包囲網は厚い。

ゼンショーの社名は「全勝」からきている。学生運動の挫折と、吉野家からの放逐という2度の敗北を経て独立した看板にこの文字を掲げた。「夜は自社や競合の店舗の視察」(関係者)に当て、競合とのなれ合いを嫌った。激しい値下げ競争を仕掛けて、信念通りに2010年度に日本マクドナルドを抜いて外食日本一となった。

祖業である牛丼で手綱を緩めれば、三度目の敗北は容赦なくおそってくるはずだ。一方「全勝」を維持する次の成長事業をどこに求めるか答えは簡単ではない。

=敬称略

(栗本優)

コンフィデンシャルでは、25の業種・テーマを読み切りで連載中です。

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