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失意のリオ五輪代表落選 卓球・平野美宇(中)

富士山を望む山梨県中央市。卓球台6台が並ぶ「平野卓球センター」に入ると、壁にずらり並んだ表彰状が目に飛び込んでくる。出入り口の真上にあるのが、平野美宇が小学1年で全日本選手権バンビの部(小2以下)を制した時の1枚だ。「夢はオリンピックで金メダル」。優勝直後の記者会見で7歳の長女がこう宣言した姿を、母の真理子ははっきりと覚えている。

両親は筑波大卓球部出身で卓球は身近だったが、2歳ころの平野はあや取りや折り紙がお気に入り。納得できるまで何度もやり直したという。センターで教える母の近くにいたいと、右手からラケットを離さなくなったのは3歳5カ月ころ。大好きなぬいぐるみを狙う「的当て」に熱中した。

全日本ジュニアの部では8歳で最年少勝利記録を更新。貪欲に練習に励んだ=共同

負けず嫌いと抜群の集中力はすぐに成果となって表れる。4歳で全日本バンビの部に出て、同ジュニアの部(高2以下)で高校生に勝ったのは8歳の時。長く福原愛が持っていた最年少記録を2年も更新した。

成長曲線は母の想像をはるかに上回った。県内の高校生に胸を借りられたのは小2まで。「娘の夢をかなえるには、地元だけじゃもう無理かな」。思い悩んだ真理子がつてを頼って外部に指導を求めたことで、そのカーブは鋭さを増す。

平野は小3から大阪の強豪ミキハウスの練習に参加し、同社の援助で中国人コーチを山梨に招いた。左利きや前陣速攻、カットマン……。元女子日本代表監督の西村卓二が指導する東京・高田馬場の東京富士大にほぼ毎週通い、様々な戦型の大学生と汗を流してオールラウンドの安定感を身につけた。西村は「素直さや貪欲さが他の子供と違った。来る度に強くなっていた」と目を細める。

中1からは東京の寄宿制のエリートアカデミーへ。世界を転戦する日々が始まり、2014年には同学年の伊藤美誠とのダブルスでワールドツアー最年少優勝を果たした。だが5歳からダブルスを組む親友とは、明暗がくっきり分かれた。

悔しさバネに攻撃型へ転換

伊藤が15年にランキングを上げてリオデジャネイロ五輪代表に選ばれた一方、平野は練習相手役の補欠で現地に赴いた。団体銅メダルを獲得して歓喜に沸く仲間を観客席から見つめ、悔しさを胸に刻む。

「このままじゃダメだと実感し、卓球を変えるきっかけになった」。攻撃的なスタイルに脱皮して16年10月のワールドカップで優勝すると、直後に世界最高峰の中国・超級リーグに参戦。「中国選手は怖いイメージがあったけど、一緒に生活して身近になった」。10戦で3勝したこと以上に精神面で成長し、自らを鼓舞する強気な発言も増えた。

今秋も超級リーグへの挑戦を望んだが、かなわなかった。日本勢を警戒して断られたとの見方が強いが、すぐに気持ちを切り替えられたという。強い選手に学んで追い付き、すぐに追い越す――。幼い頃から数段飛ばしで駆け上ってきた階段は、17歳にしてもう最上段。これから先は、道なき道を自分の力で切り開いていくしかない。(敬称略)

〔日本経済新聞夕刊11月21日掲載〕

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