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VCの視線 「金の種」独断即決の4人

インキュベイトファンド 枝葉出るまで育成

創業間もないスタートアップに即断即決で投資する――。「積極果敢」という表現がこれほどふさわしいベンチャーキャピタル(VC)は他にないかもしれない。それが赤浦徹代表パートナー(49)らが率いるインキュベイトファンド(IF、東京・港)。無謀にも思える投資手法の背景には、起業家と一緒に事業を育てるという「面倒見のよさ」がある。

ベンチャーキャピタル(VC)スタートアップ企業に投資する企業を指す。金融機関や事業会社からお金を集めてファンドをつくる。未公開企業に出資して新規株式公開(IPO)やM&A(合併・買収)で資金を回収する。日本でVCが生まれたのは1970年代。野村証券がVC子会社の日本合同ファイナンス(現ジャフコ)を設立するなど、かつては金融機関系のVCが主力だった。90年代末に新興企業向け株式市場が整備されたのを機に独立系の設立が相次いだ。最近は事業会社が新規事業開発を目的にVCを立ち上げる例も目立つ。一般財団法人ベンチャーエンタープライズセンターによると、2016年度のVCの国内投資額は前年度比25%増の1092億円だった。

会ったその日に

「会ったその日に投資を決めることもある」。IFの和田圭祐代表パートナー(35)はこともなげにいう。IFは和田氏や赤浦氏を含めた4人の代表パートナーが一定の金額以下の案件であれば独自の判断で投資先を決める。投資委員会も情報共有のために開くが個人の裁量が大きく、IFが運用するファンドの投資枠も代表パートナーごとに4等分されている。

「キャピタリスト(投資家)としての感性や個性は4人とも違う。あるパートナーが投資を見送っても他のパートナーに評価されて、それがホームラン(多額の株式売却・評価益)になる可能性もある」(和田氏)

その言葉を裏付けるような案件がある。電力を一般家庭に販売するためのシステムを開発するパネイル(東京・千代田)への投資だ。

和田氏がパネイルの名越達彦社長(36)と出会ったのは2016年3月。当時は電力小売りの自由化の前でパネイルの売上高もほぼゼロ。それでも和田氏は2億円を投じた。「システムが売れない原因を分析し、それを競争戦略を練り込んでいる」と判断したからだ。

インキュベイトファンドが投資するパネイルの名越社長

16年4月の電力小売り自由化後、パネイルは自社でシステムを利用して電力事業に参入した。札幌市交通局や大手飲食チェーンなどがパネイルを通じて電力を購入、17年9月期の売上高は数十億円規模になり、推定企業価値も約367億円に膨らんだ。IFに約67億円の評価益をもたらした。

都市銀行や大手証券会社の子会社としてスタートした歴史があり、「前例踏襲」や「稟議(りんぎ)」という言葉がついて回ることが多い日本のVC。IFはそうした「旧弊」とは無縁だ。起業家たちもIFのスタートアップとの「近さ」をかぎつけている。

2日午後、東京・赤坂のアーク森ビルに8人の起業家が集まった。IFが2カ月に1回の頻度で開いている「サーキットミーティング」に参加するためだ。

「紙の領収書をもらっても紛失してしまうかもしれません。デジタル化すればそんな心配はありません」。起業家たちは1人5分の持ち時間で事業計画を発表する。飲食店に代わってデジタル領収書を発行するレシる(東京・港)を16年7月に設立した安楽繁生社長(30)もその1人だった。

サーキットミーティングでは8人の起業家と8人の投資家が順番に面談する

発表後の面談では、IFのキャピタリストが起業家と膝を交える。安楽社長もどうすればデジタル領収書のメリットを飲食店や大企業の経理部門に知らせることができるのかを話した。安楽社長は「とても密な時間だった」と満足げだった。

IFの設立は10年。主に大手金融機関から資金を集めており、これまでに累計で170億円を運用してきた。投資先のスタートアップの数は200を超える。「シード」や「アーリーステージ」と呼ばれる初期段階のスタートアップに的を絞って投資している。1社あたりの投資額は2億円前後。投資期間は10年半とVCにしては長い方だ。

15年に設立した「3号ファンド(110億円)」では、投資先の1社であるゲーム情報サイトのGameWithが6月に新規株式公開(IPO)し、多額の株式売却益をもたらした。投資先リストには、仮想通貨取引所運営のビットフライヤー(東京・港)などフィンテック分野の有力どころの社名も並ぶ。

3号ファンドの成功が呼び水となり、17年に立ち上げた「4号ファンド」には、三井住友銀行やヤフーなどが資金提供の意向を示している。年内にも約110億円の調達手続きを終え、18年から本格的に投資を始める。

一緒にチーム

なかには思惑どおりに事業が成長せずに清算に至った会社もあるが、その比率は「全体の1割に満たない」(和田氏)。三井住友銀やヤフーなど大手が出資するのも成績が好調なことに加え、ファンドから生まれる新しいスタートアップと事業連携できることを評価しているからだ。

「どうしてここにいるのか、ですか。それは彼に熱く口説かれたんですよ」。ピクシーダストテクノロジーズ(東京・港)で最高執行責任者(COO)を務める村上泰一郎氏(32)はIFの代表パートナーの村田祐介氏(37)を横目で見ながら苦笑する。

ピクシーダストテクノロジーズの落合社長(中央左)とインキュベイトファンドの村田氏(右奥)

ピクシーダストは東京大学大学院の学生だった落合陽一氏(30)が15年1月に設立した。スピーカーに向かう角度によって音の聞こえ方が変化する「指向性スピーカー」などを開発している。このほどIFや凸版印刷などを引受先とする増資で6億円を調達した。

IFの村田氏は落合氏と15年に会い、落合氏の起業を支援することを決める。「音・光、電場・磁場を3次元化するという製品の奥行きに魅力を感じ、即座に投資を決めた」(村田氏)

設立登記や事業開発、予算管理、資金調達や人材募集を助けた。大企業との協業を念頭に、大手コンサルティング会社にいた村上氏をCOOにスカウトしようと落合氏が決めたときも、村田氏は同席し、ピクシーダストの将来性を力説した。

起業家とともに事業戦略やチームを組成する。当初から高めの持ち株比率を握り、事業の成長に対応して追加の増資にも応じる。これがIFのやり方だ。

IFがこれまで運用してきたファンドでは、スマートフォン(スマホ)のゲームやアプリなどネットの世界で完結するビジネスに投資することが多かった。「今後はスマホ上で起こるイノベーションは限定的になる」(村田氏)と判断、先端技術で新たな産業を生み出す「フロンティアテック」と呼ばれる領域に投資の軸足を移している。

「スターウォーズが好きで宇宙船をつくりたいと本気で思っている」。今から3年前、ispace(アイスペース、東京・港)の袴田武史社長(38)は、IFの代表パートナーの赤浦氏にこう言い放った。

インキュベイトファンドが投資するispaceの袴田社長

出会って3分で投資を約束したこともある赤浦氏もさすがに驚いた。だが、袴田氏の宇宙開発ビジネスにかける熱意に引かれ、1時間半後には3億円の出資を約束した。15年初めに実施した出資額は2億円に減額した。それでも当時のアイスペースには袴田氏1人しかいなかったことを考えると、思い切った決断だったことに変わりない。

現在、赤浦氏は袴田社長と一緒に大企業や関係省庁に提案に回る。多くの大企業から資金提供を受け、月面の資源を探査するロボットの開発を進める。20年にも探査に乗り出す計画だ。

IFは代表パートナー4人のキャピタリストとしてのセンスを発揮させてきた。1人で面倒を見る社数には限界がある。ファンドの規模が大きくなるにつれ、キャピタリストを増やし、チームでの経営に移行していくことが欠かせない。技術の見きわめが難しいフロンティアテックでも今の積極果敢さを維持できるのかが問われる。

(企業報道部 鈴木健二朗)

[日経産業新聞 2017年11月14日付]

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