2019年4月22日(月)

#03 孫正義氏が見せた涙 ソフトバンク膨張の原点

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2017/11/8 6:30
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「オヤジは泥水をすするような苦労を重ねて七転八倒しながら家族を食わせるために、次々と仕事を変えていった。その度にゼロから勝負していった」

■密造酒、パチンコ、消費者金融

三憲はこれまでメディアの取材を避けてきたが、記者は孫正義の紹介で会うことができた。今では福岡県で2匹の秋田犬と悠々自適の生活を送るが、その半生は息子の正義がいうとおり苦難の連続だった。

三憲は佐賀県鳥栖市に在日韓国人2世として生まれた。住所は五間道路無番地。幅が5間(約9メートル)の道路を中心に不法占拠のバラック小屋が軒を連ねていた。三憲も安本という日本名を名乗りひっそりと暮らしていた。

子供の頃に親の故郷である韓国・大邱に帰ったが仕事がなく、再び日本に戻る。密入国だった。夜陰に紛れて日本海を進む船のエンジンが故障し、みるみると海水が入ってくる。「ここで死ぬんか」と思った時、日本の漁船が近くを通りかかった。なけなしのカネを渡して山口県までえい航してもらい、一命を取り留めた。

中学を出ると密造の焼酎を作り、自転車で売り歩いた。「でも、その頃は朝鮮人が作りよる酒には猫いらずが入っとるっちゅう噂ば流されよった」。心ない差別に苦しめられながらも、少しずつ資金をためていく。密造酒の作りカスで豚を育てて売りさばくようになるが、そこで一計を案じる。豚を載せた貨車が近くの駅に止まると、手にした紙に行き先を書きとめた。高値で売れる東京の精肉店を突き止めるためだ。

その後、パチンコ店や消費者金融へと事業を広げ、正義が中学に進む頃には裕福な生活を手に入れていた。

■ADSL無料作戦の原型

正義が小学生の頃の話だ。三憲が喫茶店を開いたがオープンを前にどうも客足が悪そうだと思った。三憲が試しに息子にアイデアを聞いたところ「コーヒーをタダにしたらええ」と答えた。実際に無料券を配ると店は満席になった。

後の商才を連想させる話だが、三憲の話を聞くとどうやらその源流は三憲自身にあるようだ。

三憲は少年ながら、客の前で自ら作った酒を一緒に飲むことで、猫いらずの疑いを晴らし、売り歩いた。自ら売り歩くことに限界を感じると、訪問する村ごとに「一番の酒飲みは誰ったい?」と聞いて歩いた。「おっちゃんに一升瓶を一本タダであげるけん、あと2本分を売ってもらえんかね」

パチンコで規制がかかれば敷地内に釣り堀を併設し、「赤コイを釣ったら2万円差し上げます」と宣伝した。「実は赤コイは黒コイより安かったけど、客は誰も気づかんもんね。2万円もパチンコに使ってくれるから一石二鳥よね」。三憲はピンチを乗り切ったことを、昨日のことのように語る。

それから半世紀が経過した2001年9月、ソフトバンクは電話回線を使ったブロードバンド通信、ADSLの「ヤフーBB」サービスをスタートさせた。東京・秋葉原などの電気街で、赤いユニホームの営業員がADSLモデムを無料で配るゲリラ作戦が当時、話題となった。スマートフォンの割賦を使った「0円販売」も正義が生み出した販売手法。発想は同じだ。

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