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東京オリパラ開催の意味を改めて考える

編集委員 北川和徳

東京五輪・パラリンピックの開幕まで1000日を切った。3年後の夏には、東京で世界のアスリートたちによるスポーツの祭典が始まる。2017年の各競技の世界選手権で日本の若者たちが大活躍する姿を見ると待ち遠しいとは思うのだが、正直言って不安な気持ちもある。巨額の資金を投じて開催する宴が終わった後、この国に期待される変化は起きているのだろうか。節目を機会に改めて20年の日本で五輪・パラリンピックを開催する意味を考えてみた。

1カ月の大会に1兆4000億円?

東京五輪開幕1000日前イベントで披露されたバスケットボール3人制のデモンストレーション(10月28日、東京・日本橋)

20年五輪は7月22日から競技が始まり、24日が開会式、8月9日に閉幕する。パラリンピックは8月25日から9月6日まで。両大会合わせて会期は32日間。開催に伴う経費は大会組織員会の試算では現時点で約1兆4000億円とされている。

当然、こんな意見がある。「たかだか1カ月間のスポーツ大会にこんな大金をかけるなんて」。しかも、試算は大会開催のための直接的な経費を積み上げた数字にすぎない。ここに含まれない全国の警備強化など間接的経費まで考えれば、さらに莫大な公的資金が32日間のスポーツ大会のために投じられる。無駄遣いと批判されるのは仕方がないことなのか。

申し訳ないが、その見方には賛成できない。確かに無駄な部分は徹底的に精査して最小限に抑える努力は必要だ。だが、大前提として、五輪・パラリンピックを「ただのスポーツ大会」とするのは誤っていると思う。

「いまさら日本の東京で五輪を開催する意味などない」。東京が06年に2度目の五輪招致に乗り出したとき、自分もそう考えていた。それが変わったのは、地方支局に勤務し、人口が減り続け、同時に高齢化が進む地方の姿を目の当たりにしてからだった。やがてこれが大都市にも広がり、日本全体が直面する深刻な問題になることは容易に想像できた。

人口減と高齢化。おまけに国と自治体の借金は増え続けている。このままだと日本の社会はゆっくりと機能不全に陥るのだろう。

17年の訪日外国人は2900万人に迫りそうだ(9月15日、京都駅前)=共同

人口減に対しては、国を開いて世界中からたくさんの人々に来てもらうことが対応策の一つとなる。国籍や性別、宗教や価値観、障害の有無など、それぞれの「違い」を個性として尊重できる、誰にとっても快適で安全にすごせる環境を実現したい。

高齢社会でもみんなが活力を失わずに健康に生きていくには、スポーツがもっと生活に浸透することが大切だ。身障者にも高齢者にも優しいバリアフリーの社会をつくることも必要となる。

変化生み出す格好のスイッチに

五輪とパラリンピックを地元で開催することは、社会や人々の意識にこうした変化を生み出すための格好のスイッチになると思った。この国は世界の先頭を切って人口減、高齢化の時代を迎えた。1964年の東京五輪が日本のその後の発展に大きな役割を果たしたように、分水嶺を越えた今の日本にとっても、五輪・パラリンピックの開催は大切な意味を持つのではないだろうか。

実際に20年に向かって日本の社会にはさまざまな変化が起きている。最も分かりやすいのは急激なインバウンド(訪日外国人)の増加。20年大会が決まった13年に初めて1000万人の大台を超えたのが、たった3年後の16年には2400万人に達し、17年は2900万人に迫りそうだ。政府は20年に4000万人の目標を掲げる。

20年大会の存在がインバウンド増の理由とまではいえないが、きっかけの一つなのは間違いない。ホテル、旅館の増設や空港、ターミナル駅、観光施設のリニューアルなど投資を進める企業にとっても20年は当面のターゲットとして明確に意識されている。観光関連に限らず、3年後のビッグイベントの存在は新たな投資を迷う多くの企業の背中を押している。

急ピッチで建設が進められる新国立競技場=共同

パラリンピックの存在感も高まり、ハンディがあっても社会に参加してそれぞれの役割を果たしていける共生社会という言葉が当たり前に使われるようになった。

20年大会の期間中には9万人以上のボランティアが必要とされる。社会貢献活動に対する企業の休暇制度などが充実し、ボランティア文化の醸成にもつながる。

家庭で眠っている古い携帯など小型精密機器から希少金属を取り出して金銀銅メダルを製造する計画も進んでいる。リサイクルシステムが定着して「都市鉱山」をフル活用できれば、日本は一躍資源大国となる可能性もあるそうだ。

期待される変化を数え出せばきりがない。20年五輪・パラリンピックは社会や人々の意識を変え、日本の未来をポジティブな方向に変える可能性を秘めている。その意味では、そこに投じる資金は将来への投資と考えるべきものだと思う。

目指すのは社会と人々の意識の変化

だが、本当にこの国の将来を持続可能なものに変えることができるのだろうか。大きなリスクを伴う投資なのかもしれない。国民の大多数が世界に追いつきたいと願い、莫大な資金の大半が新幹線や東京の高速道路、地下鉄網など確実な需要増があるインフラ整備に投じられた64年五輪とは状況が全く違う。20年に目指すのは社会と人々の意識の変化。だが、それぞれが思い描く理想の未来の姿は千差万別の時代である。

「スポーツには世界と未来を変える力がある」。20年五輪・パラリンピックの大会ビジョンだ。取材する立場にいてもこの言葉を聞くことは少ない。この大会ビジョンの意味を考え、共感する人はどのくらいいるだろう。

30年、40年、さらにもっと先の日本の社会を生きる人々は、3年後の祭典をどんな思いで振り返ることになるのだろうか。

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