2018年12月14日(金)

守備力鍛え再び世界へ バドミントン・佐藤冴香(上)

2017/11/5 6:30
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思い出したくない記憶でも、あの時のことははっきり覚えている。「左側のシャトルに飛びついて返して着地したとき、左膝が内側に入った」。膝から下がありえない角度で外側にねじれて、コートに倒れた。

2012年夏のロンドン五輪。バドミントン女子シングルスの佐藤冴香(ヨネックス)は21歳で初出場を果たし、1次リーグを突破して決勝トーナメント1回戦に進んでいた。格上のデンマーク選手を相手に第1ゲーム14―10のリード。そこでアクシデントが襲った。

ロンドン五輪で靱帯断裂

体力を生かし、粘り続け最後に打ち抜くスタイルにプレーを変えた

体力を生かし、粘り続け最後に打ち抜くスタイルにプレーを変えた

左膝前十字靱帯を断裂、内側側副靱帯と半月板を損傷する全治8カ月の重傷。それは試合後の検査で分かったことだ。驚くべきことにその時の佐藤は、コート上で患部をスプレーで冷やすなどの応急手当てを受けただけで立ち上がり、激痛に耐えて試合を再開した。

相手のサーブミスで1点は加えたが、後は試合にならない。「痛かった。膝から下がぶらんぶらんで(足に)付いていない感じ」。続行不可能と判断した日本の監督、朴柱奉(パク・ジュボン)が「佐藤、ストップ、終わり」と棄権を促すが、やめようとしない。「頭のどこかでは無理だと分かっていたと思う。でも、自分からやめる選択肢はなかった」

15―14になったところで、朴がコートに入って試合を止めた。

あれから5年。16年リオデジャネイロ五輪の出場は果たせなかった。だが、佐藤は今も3年後の東京大会の女子シングルス出場枠を争うレースのまっただ中にいる。

ロンドン五輪の時は日体大4年生。卒業してヨネックスの所属となったが、大けがが癒え、リハビリを経て再びコートに立つまでほぼ1年が必要だった。

コートには戻れても、以前のプレーは戻らない。日本の女子選手としては171センチの長身で左利き。スマッシュを打ってすかさずネットにダッシュして決める超攻撃的なスタイルが持ち味だったが……。

「筋力が落ちてスピードも出ない。自分のプレーができなくなった」。大会に出ても負けが続いた。年下の奥原希望(日本ユニシス、22)、山口茜(再春館製薬所、20)が自分を抜いて世界に飛び出していった。「早くあそこに戻りたいとだけ考えていた」

プレースタイルを変えた。課題の守備を徹底的に鍛えた。相手の攻撃をかわしてかわして粘り、疲れさせて、最後に打ち抜く。体力には自信がある。少しずつバドミントンがまた楽しくなった。

リハビリ中に300位台まで落ちた世界ランクは現在13位。ロンドン五輪前を上回る位置まで戻ってきた。5年前と違うのは自分の上に奥原、山口の後輩2人がいることだ。すぐ後ろの14位には大堀彩(トナミ運輸、21)もいる。

五輪の出場枠は最大で2人。「どれだけ本気で勝ちたいかという気持ちの強さが勝負を分けると思う」。厳しい戦いになることは分かっている。

(敬称略)

〔日本経済新聞夕刊10月30日掲載〕

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