データ生かせるかどうかはトップと現場次第 - 日本経済新聞
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データ生かせるかどうかはトップと現場次第

対談 岩政大樹(サッカー元日本代表)×西内啓氏(統計家)

 データ分析を進めていけば、サッカーをもっと深く掘り下げることができるのではないか。元サッカー日本代表CBの岩政大樹が今回は、サッカーファンで「遠藤保仁がいればチームの勝ち点は117%になる」の著者でもある統計家の西内啓氏と、サッカーにおける統計学の生かし方を語り合った。

岩政 データを活用するときに気をつけなくてはならないことは何ですか。

西内 当たり前のことですが、まず、ちゃんとしたデータを取らなくてはなりません。力不足の分析家だと、手法としては正しいけれど、その分析結果を見ても誰も面白くないというものを出してきます。それでは役立ちません。日本企業によくあるのは「意思決定者の壁」です。データ分析によって、これまで考えていなかったようなことが出てくると、何かを変えなくてはなりません。そこを思い切ってやれる人がトップにいないと何も改善しません。さらに、現場が動いてくれなくてはなりません。いかに現場を動かすかが大切です。データ分析によって、どれくらいいいことが行われたかという評価を含めてデータが取れると、いいサイクルで回っているといえます。スポーツ界でよくあるのは分析家と意思決定者の衝突、意思決定者と現場の衝突ではないでしょうか。

岩政 新しい取り組みをするのは面倒というのがあるし、データでものを語られると、心がない感じに聞こえてしまう場合があります。そこをうまい表現で現場に伝えて、プレーに落とし込めたらいいのですが……。「この相手は有効なクロスがほとんど入らない」という分析結果があるのに、いいクロスが1本入って点を決められ負けてしまうということがあります。選手によっては「何だよ、違うじゃないか」というでしょう。また、相手のサイド攻撃を封じる必要があるという分析結果が出た場合、サイドのスペースを埋めておけばいいというものではなくて、そこにボールを運ばせないことも大切です。ある現象の一つ前の段階で処方する必要があります。

西内 一つ前の段階がどうなっているかを調べる場合も映像でチェックするより、データを出した方が手間がかかりません。クロスを警戒しなければならないときに、その直前のプレーは誰のどういうものなのかをデータで取ることができます。このエリアからの誰のパスかということがわかるので、このパスコースを切るのが有効ということになります。

日本人選手は決定力がない?

岩政 解説者がよくいう常識が、データで見ると実は違うというものはありませんか。

西内 「日本人選手は決定力がない」といいますよね。比較すると「ブラジル人選手は決定力がある」といいます。でも、ブラジル人はものすごくたくさんシュートを打っているので、決まる確率は10%ということがあります。日本人のトップ選手は25%ほど決めます。確率は日本人の方が高いんです。そう考えると「決定力がない」という表現は間違っています。決定力という言葉を修正する必要があるでしょう。「もっとガンガン打て」といった方が有効ではないでしょうか。

岩政 「決定力がない」といわれると、丁寧にプレーしようとして判断が遅れてしまうことがあるかもしれません。僕たちも「むやみに打つな」といってしまいがちですからね。ところで、ビジネス界ではいつごろからデータが重んじられるようになったのですか。

西内 2010年あたりに、ビッグデータが注目されてからでしょう。最初はコンサルタント会社に分析を外注する企業が多かったのですが、外注だと分析家と現場に乖離(かいり)が起きがちです。分析家がその企業を深く理解していないからです。そこで、独自に分析家を雇おうという流れになりましたが、今度は人材不足で人件費が高騰し、せっかく育てた分析家が予算を多く持つ外資企業に取られてしまうという現象が起こっています。僕の感触では、数学だけできる人ではダメで、心理学や経営学など文系の学部で統計学を使っていた学生の方が筋がいいように感じます。

岩政 そういうものなんですか。

西内 バスケットボールのBリーグのサンロッカーズ渋谷が青山学院大学と連携し、経営学部の学生を分析家として育てる試みを始めます。私が代表取締役を務めるデータビークルがお手伝いさせていただき、どんな選手を獲得したら有効かという強化面と、マーケティング面のデータ分析を進める予定です。プロスポーツクラブと大学の連携は面白いと思います。

岩政 サッカーの場合、選手獲得のための判断基準となるデータが、得点数や所属チームの順位などしかありません。もっと説得力のあるデータはないのでしょうか。

西内 90分当たりの得点数を出したら役に立つでしょうね。出場時間が短くても結構、点を取っている選手がいます。でも、そういう選手が評価され、年俸が高騰しているとは聞きません。

岩政 そのデータを出すのは簡単ですよね。現場が求めていないのかもしれません。

西内 DFをどう評価するかが難しいですね。単なるシュートブロックの回数は勝敗と関係がないはずです。シュートを打たれないようにする方がDFの仕事としては効果的だと思います。でも、そこの評価が難しい。チーム全体としての被シュート数が少ない場合、誰に起因するものなのかがわかりにくいのです。ポジショニングとかボール保持者との距離が大事なのでしょうが、守備がうまいとはどういうことなのかをデータで示す必要があると思います。分析家がその指標をつくるには、選手からいろいろ話を聞かなくてはなりません。

場面ごとに指標を細かく分け評価

岩政 ボランチだったら、相手のキーとなるFWに対するグラウンダーの縦パスをカットする回数ですかね。CBの指標が難しいですね。たとえば、自陣での空中戦の勝率というのがありますよね。頭でボールに触ったら「勝ち」ということになっているけれど、触らなくても相手にヘディングシュートを枠に持っていかれなければ、実際は「勝ち」の場合もあります。場面ごとに指標を細かく分けて評価する必要があるでしょうね。同じ空中戦の勝率にしても、縦のボールに対するヘディングなのか、サイドからのクロスに対するものなのか。サイドからのクロスに対しては競り合う前のポジショニングや体の向きが大切で、タイミングを計れる縦のボールとは強さの概念が違います。プレーを細分化して、それぞれをデータで示すと、見る人にもっとサッカーがわかってもらえるかもしれません。FWの決定力にしても、スルーパスから決める確率、クロスに合わせる確率、こぼれ球を押し込む確率を分けて出してみてはどうでしょう。そこを調べていくとFWの特色がわかりますよね。そうすれば、このFWに対してはこのエリアでの、このプレーを抑えなくてはならないということが明確になります。

西内 確かに、指標を細かく分ける必要がありますね。

岩政 いまのサッカー界にはデータに頼らず自分の感覚で済ませようとする指導者と、何かとデータで語りたがる指導者がいます。しかし、これからは感覚とデータのバランスが必要だと思います。ビジネス界ではどうなんですか。

西内 企業の幹部には「よくわからないけれどデータでうまくやっておけ」という人がいます。データの意味を深く考えず、数字だけを見ている。それで不正問題が起きるんじゃないかと思っています。「とにかく、この指標だけ改善しろ」といったら、不正をするしかなくなってしまいます。だから、私は指標をつくるときは、徹底的に詰めるようにしています。このデータで管理していくと長期的にいいことが起こり続けるというのが、いい指標です。たとえば、チーム全体のパスの成功率を上げろといったら、意味のないバックパスをするようになってしまいます。アタッキングサードの成功率とディフェンシブサードの成功率を分けて評価しないと、勝率は高まりません。縦パスをカットする回数にしても、この選手が前に立っていると相手がパスを出さなくなるということも含めた指標にしなければなりません。

岩政 僕は相手や味方の特徴を見て、パスの出し方を変えています。J2のファジアーノ岡山のときはロングボールをわざと少し長めに蹴ることがよくありました。相手のDFに後退しながらヘディングでクリアをさせて、そのボールを味方が拾って攻めにつなげることを狙いました。この場合、僕のパスは相手に触られているので、不成功ということになるけれど、こぼれ球を味方が拾っているのだから成功といえるのではないでしょうか。

西内 となると、たとえばパスを出すところから数えて3プレー後の味方のボール保持率を指標にするといいかもしれません。

岩政 サッカーを捉えるときに、漠然と感じていたものがデータで示されると「やっぱり、そうなんだ」と納得します。

西内 3プレー後の保持率のような、いままでなかったデータのランキングをつくっていくと、隠れていたヒーローが浮かび上がってくるかもしれません。実はこの選手はすごいんだというのがわかります。そこで、その選手がなぜ、そういうプレーをしているのかを掘り下げていったら面白い気がします。どういう体験や指導によって、そういうプレーをするようになったのか。

「なぜ」という部分まで踏み込む

岩政 「なぜ」という部分まで踏み込むことが大事だと思います。データによって現象だけを捉えても意味がありません。

西内 日本人のトップクラスのFWのシュートの決定率が25%だという話をしましたが、そういう選手がシュートを3本続けて外すと、解説者が「きょうは不調ですね」と言ったり、監督が選手を代えてしまったりすることがあります。僕は「不調でも何でもない。統計的には4本目に入るんだ」と思って見ています。好不調に関しては、バスケットボールではデータによって完全に否定されています。シュートが続けて入ったときに「いま、この選手のタッチがいい。ゾーンに入っているから外さない」といいますが、そんなことはありません。ならしてみると、シーズン平均に落ち着きます。最後の勝敗を決める場面ではそういう選手より、年間を通しての決定率が高い選手に託した方がいい。前のシュートが入っているかどうかは、次のシュートの成否に関係しません。

岩政 僕は毎年、リーグ戦でセットプレーからコンスタントに4点前後、取っています。それを頭に置いているから、しばらく点が決まらなくても気にしません。「いずれ入る」「そろそろ入る」と考えています。とにかくマーカーを外して前に入ることだけを心掛けています。それができている限り、点が取れなくても気にしません。そうやっていくと、年に4点は入るんです。まさに統計学的な考え方で捉えていました。これは確率の問題だと。そういう考え方ができず、点が取れないと考え込んでしまい、自分で状態を悪くしてしまう選手がいます。逆に僕は何点か取ってしまうと、次はダメだろうなと考えてしまいます。だから爆発力がないのかもしれません。

西内 セットプレーのときにマークを外せている率をデータで出すといいかもしれませんね。

岩政 守備の話をすると、DFとして正しいと思えること、自分のセオリーを続けていても、点を取られて負けてしまうことがあります。そういうことがあっても、正しいと思うことができているなら、結果の悔しさは別にして、気にする必要はないと思っています。セオリーを守り続けていくと、年間を通してみれば「何となく安定していた」という結果が残ります。これも統計学的な考え方なんでしょうね。こうなったのは数学が好きだからかもしれません。

<対談を終えて>…論理的に、そして統計的に
 うっかり対談の最後に「数学が好き」と口を滑らせてしまったが、すみません。僕は決して数学の勉強が好きだったわけではない。得意だっただけ。
 こう言うと嫌みに聞こえて敬遠されるのは重々承知だが、ただ僕は暗記が苦手だったのだ。それに比べ、コツをつかむと一気にはかどる数学は、サッカーとの両立の中で「いかにうまくサボりながら勉強をするか」に取り組んでいた僕に合っていたのだと思う。
 次第に数学の考え方がサッカーに生かされるようになった。論理的に、そして統計的にサッカーを捉えるようになった。同時に、情熱的にも捉えてもいたが。
 そんな僕があるとき、本屋を探検していたら、西内さんの著書「遠藤保仁がいればチームの勝ち点は117%になる」が目に飛び込んできた。すぐに買って帰り、一気読みした。この対談でも少し触れたが、データを出してみると、「サッカーの常識」と思われていることが意外と違っていたりする。でも、データをそのまま「常識」としてしまうのもきっと何か違う。僕はそんなことを考えた。
 サッカーにも、データがもう当たり前の顔をして入り込んできている。その波は加速するばかりで、これを拒絶する者は置いていかれてしまう。同時に、だからこそサッカーを見る目がより試されるようになってきた。
 冷静に考えれば、データと感覚はケンカするものでなく、データのための感覚、感覚のためのデータであるわけで、ここからは不確実で予測不能なサッカーにおいて、いかに確実に勝つかという議論が深まるだろう。そしてそのたびにまたサッカーの不確実さに触れ、思考は一周して戻ってくるのだろう。
 だから、サッカーは面白い。そして、果てしない。

西内啓(にしうち・ひろむ) 1981年、兵庫県生まれ。東京大学医学部(生物統計学専攻)卒。東京大学大学院医学系研究科医療コミュニケーション学分野助教、ダナファーバー/ハーバードがん研究センター客員研究員をなどを経て、現在は分析サービスを企業などに提供するデータビークル代表取締役。調査分析、システム開発、分析人材の育成に携わる。「統計学が最強の学問である」でビジネス書大賞、日本統計学会出版賞を受賞。ほかに「1億人のための統計解析」「コトラーが教えてくれたこと 女子大生バンドが実践したマーケティング」など著書多数。

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