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信長ゆかりの品は返還を 本能寺の変後、秀吉が書状

天正10年(1582年)6月に起きた本能寺の変後、明智光秀に討たれた織田信長ゆかりの品の略奪が横行したため、豊臣秀吉が家臣に略奪品の返還を命じていたことが、愛媛県の男性宅で見つかった直筆書状から26日までに分かった。

愛媛県の男性宅で見つかった豊臣秀吉直筆の書状(東京大史料編纂所の村井祐樹准教授提供)=共同

東京大史料編纂所の村井祐樹准教授が25日に実物を調査し、秀吉が家臣に出した書状と確認した。村井准教授によると、本能寺の変の直後、京都では光秀の軍勢による略奪が頻発。その品を元の持ち主に返すはずの秀吉の家臣までも略奪を始め、治安が悪化していた。

書状は天正10年8月14日付で3人の家臣に宛てていた。「略奪品には今後一切関知しない」と記し、治安を回復させる取り組みは断念。一方で「上様(信長)からもらったものは元の持ち主に返す」と書かれ、信長の所有物やゆかりの品だけは返還を命じた。

村井准教授は「秀吉の尊敬の念が見て取れるが、本能寺の変後も信長の影響力は健在で、権力維持のため信長の存在を無視できなかった側面もある」と分析している。〔共同〕

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