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ウエートトレ指導仰ぎ記録更新 陸上・山県亮太(中)

2017/10/29 6:30
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 慶大時代、ロンドン五輪男子100メートルで当時日本勢の五輪最速となる10秒07を出した山県亮太のもとには、多くの実業団から誘いがきた。最終的に選んだのは陸上部のないセイコーホールディングス。時計という製品とタイムを争う競技性、「世界ブランドを目指すセイコーと、世界に出て強くなろうとする自分」の親和性が決め手になった。

 大学では練習計画の作成を含め「技術的な部分は全部一人でしていた」山県からすれば、陸上の名門かどうかは重要な要素ではなかった。広島修道高から強豪でない慶大に進んだのも同じ思いからで「環境に強くしてもらおうという発想はなかった。どこに行っても強くなってやると」。

 独立独歩ゆえに伴う困難を次々に克服してきた。専属コーチがいない分、自身の練習を映像でつぶさに確認し、フォームを研究。2013年秋に発症した腰痛は、自費で電気治療器を買ったり、全国の鍼灸(しんきゅう)院を巡ったりして約2年かけて治した。

「世界に出て強くなろうとする自分と重なった」。親和性を決め手に実業団は陸上部のないセイコーを選んだ

「世界に出て強くなろうとする自分と重なった」。親和性を決め手に実業団は陸上部のないセイコーを選んだ

 いかんともしがたかったのがウエートトレーニングだった。ジムに通って得た情報をアレンジして取り組んだが「我流でやるにも限界があると感じた。ウエートは繊細なものなので」。

 15年秋、山県は所属先からあるトレーナーを紹介される。元プロ野球阪神の桧山進次郎やゴルフの石川遼らを指導してきた仲田健。対面後、あいさつもそこそこに体のチェックを受けることになった。円柱状の器具の上にあおむけになって行うトレーニングがこなせない。仲田の言葉が胸に刺さる。「体幹に自信があると言っていたみたいだけれど、弱いね」。鼻っ柱をへし折られた山県は即座に師事することを決めた。

 長期間、腰痛に苦しんだ原因を仲田はすぐに見抜いた。「日本人には珍しく骨盤が前傾している。そのため背筋が収縮して腰がずっと反った状態になってしまう」。下腹部の強化で骨盤の角度を「彼にとってのニュートラルポジションにした」結果、再発とは無縁の体になった。

 出会った頃の山県は「上半身と下半身の使い方がばらばらだった」と仲田。そこで体幹と四肢をつなぐ股関節、肩甲骨、腹筋といった「ジョイント部分」を鍛えるトレーニングを重点的にした。ウエートで付けた筋肉が重りになって動きが鈍るのを防ぐため、筋力をスピードに転換する神経系のトレーニングも積んだ。

 腰回りや首回りの筋肉が増し、神経も研ぎ澄まされた山県は走りでも成長を証明した。16年4月の織田記念国際。2.5メートルという強い向かい風では好タイムといえる10秒27で優勝。腰痛に泣いた雌伏の時期を経てようやく復活を実感した。「(ロンドンで活躍した)12年の自分に並んだな」

 その16年は6月に10秒06と4年ぶりに自己記録を更新すると、8月のリオデジャネイロ五輪で10秒05、9月には10秒03と相次いでタイムを縮めた。一匹おおかみだった頃の自分に並ぶどころか、瞬く間に追い抜いていった。(敬称略)

〔日本経済新聞夕刊10月24日掲載〕

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