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あれから37年… モスクワ五輪ボイコットとその後
編集委員 北川和徳

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2017/10/25 6:30
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 前回の東京五輪の開会式からちょうど53年目となる10月10日、興味深いシンポジウムが東京都内で開催された。「日本は変わったのか ―1980年モスクワボイコットから2020年東京へ―」。モスクワボイコットといわれても、40代以下には何のことかわからない人も少なくないだろう。東京大会の16年後、モスクワで開催された夏季五輪に日本は選手を送らなかった。代表選手の名簿はある。五輪代表の座を勝ち取りながら、彼らは晴れ舞台に立つことはなかった。

80年4月、モスクワ五輪参加を訴える柔道の山下選手(左)とレスリングの高田選手=共同

80年4月、モスクワ五輪参加を訴える柔道の山下選手(左)とレスリングの高田選手=共同

 当時、ソ連のアフガニスタンへの軍事侵攻に抗議して米国のカーター大統領がモスクワ大会のボイコットを西側諸国に呼びかけ、日本政府もそれに追随。日本オリンピック委員会(JOC)は80年5月24日、臨時総会を開いて五輪不参加を決めた。

 私自身はまだ学生だった。金メダル確実とされていたレスリングの高田裕司氏や柔道の山下泰裕氏がJOCに行かせてほしいと訴えた姿をテレビで見て「出場できればいいのに」と思ったのを覚えている。今のようにネット世論などなかったが、メディアの報道や世間の雰囲気は6分4分くらいで不参加に傾いていた印象がある。

苦い「敗北の日」の記憶

 その後、スポーツを報道する立場となり、当時の関係者に取材する機会もあった。あの5月24日がスポーツ界にとって苦い「敗北の日」として記憶されていることもわかった。

 モスクワの不参加は日本政府による決定と誤解されがちだが、最終的にそれを決めたのはJOCだった。米国の要請に日本やカナダは従ったが、国が東西に分かれていた西独を除く西欧州の大半の国はモスクワに出場した。英国オリンピック委員会は政府の不参加の支持を拒否して独力で選手を派遣した。

 これに対して日本のスポーツ界の対応はかなり情けなかった。JOC総会での決議は政府関係者が見守る中で挙手で行われ、不参加29対参加13。日本体育協会の国際担当参事として数を確認した伊藤公氏(故人)からは「手を挙げてるのかそうでないのか、確かめないとわからないような中途半端な挙げ方の人がけっこういた」とも聞いた。

 決議の前にはモスクワ大会で実施される27競技の国内団体(NF)のそれぞれが意向表明したが、参加すべき8、不参加7に対して、残る12は「JOCの決定に一任する」だった。

シンポジウムには高田氏(左から2人目)も登壇して当時の心境を振り返った

シンポジウムには高田氏(左から2人目)も登壇して当時の心境を振り返った

 当時のJOCは国からスポーツ予算を受け取る日本体育協会内の特別委員会にすぎなかった。体協会長は早大競走部出身で参議院議長を務めた政治家の河野謙三氏(故人)。選手強化費や派遣費用などの財源を握る政府や体協の意向に逆らえないという事情はあった。とはいえ、当事者であるはずのNFの多くが、スポーツと政治に関する確固たる信念もなく、自らの競技に人生をかけて打ち込んできたアスリートたちの夢や権利を守ろうともしないで、政府や組織の論理に従ってしまった。

 あれから37年。当時の代表選手たちの無念の思いをあらためて共有するとともに、日本のスポーツ界は当時から変わったのかどうかを検証するのが、今回のシンポジウムのテーマだった。主催は日本スポーツ学会。事前にモスクワ五輪の幻の代表選手たちのアンケート調査を実施。「ボイコットすべきではなかったか」との問いに82%が「はい」と答えたことなどが報告された。

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