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あれから37年… モスクワ五輪ボイコットとその後

編集委員 北川和徳

前回の東京五輪の開会式からちょうど53年目となる10月10日、興味深いシンポジウムが東京都内で開催された。「日本は変わったのか ―1980年モスクワボイコットから2020年東京へ―」。モスクワボイコットといわれても、40代以下には何のことかわからない人も少なくないだろう。東京大会の16年後、モスクワで開催された夏季五輪に日本は選手を送らなかった。代表選手の名簿はある。五輪代表の座を勝ち取りながら、彼らは晴れ舞台に立つことはなかった。

80年4月、モスクワ五輪参加を訴える柔道の山下選手(左)とレスリングの高田選手=共同

当時、ソ連のアフガニスタンへの軍事侵攻に抗議して米国のカーター大統領がモスクワ大会のボイコットを西側諸国に呼びかけ、日本政府もそれに追随。日本オリンピック委員会(JOC)は80年5月24日、臨時総会を開いて五輪不参加を決めた。

私自身はまだ学生だった。金メダル確実とされていたレスリングの高田裕司氏や柔道の山下泰裕氏がJOCに行かせてほしいと訴えた姿をテレビで見て「出場できればいいのに」と思ったのを覚えている。今のようにネット世論などなかったが、メディアの報道や世間の雰囲気は6分4分くらいで不参加に傾いていた印象がある。

苦い「敗北の日」の記憶

その後、スポーツを報道する立場となり、当時の関係者に取材する機会もあった。あの5月24日がスポーツ界にとって苦い「敗北の日」として記憶されていることもわかった。

モスクワの不参加は日本政府による決定と誤解されがちだが、最終的にそれを決めたのはJOCだった。米国の要請に日本やカナダは従ったが、国が東西に分かれていた西独を除く西欧州の大半の国はモスクワに出場した。英国オリンピック委員会は政府の不参加の支持を拒否して独力で選手を派遣した。

これに対して日本のスポーツ界の対応はかなり情けなかった。JOC総会での決議は政府関係者が見守る中で挙手で行われ、不参加29対参加13。日本体育協会の国際担当参事として数を確認した伊藤公氏(故人)からは「手を挙げてるのかそうでないのか、確かめないとわからないような中途半端な挙げ方の人がけっこういた」とも聞いた。

決議の前にはモスクワ大会で実施される27競技の国内団体(NF)のそれぞれが意向表明したが、参加すべき8、不参加7に対して、残る12は「JOCの決定に一任する」だった。

シンポジウムには高田氏(左から2人目)も登壇して当時の心境を振り返った

当時のJOCは国からスポーツ予算を受け取る日本体育協会内の特別委員会にすぎなかった。体協会長は早大競走部出身で参議院議長を務めた政治家の河野謙三氏(故人)。選手強化費や派遣費用などの財源を握る政府や体協の意向に逆らえないという事情はあった。とはいえ、当事者であるはずのNFの多くが、スポーツと政治に関する確固たる信念もなく、自らの競技に人生をかけて打ち込んできたアスリートたちの夢や権利を守ろうともしないで、政府や組織の論理に従ってしまった。

あれから37年。当時の代表選手たちの無念の思いをあらためて共有するとともに、日本のスポーツ界は当時から変わったのかどうかを検証するのが、今回のシンポジウムのテーマだった。主催は日本スポーツ学会。事前にモスクワ五輪の幻の代表選手たちのアンケート調査を実施。「ボイコットすべきではなかったか」との問いに82%が「はい」と答えたことなどが報告された。

同学会によると、178人の幻の代表選手で所在が判明してアンケートを送付できたのは92人、回答して返送されたのはその時点で61人にすぎなかった。ボイコットによる失意が彼らの競技への思いやその後の人生にどんな影響を与えたのかを考えると複雑な気持ちになる。

ボイコットはもうないだろうが…

JOCは89年に財団法人として体協から分離、独立した。モスクワ五輪ボイコットの反省から、国や体協の思惑に左右されない独自の財源と意思を持つ自立した組織に生まれ変わろうとしたのだ。だが、JOCやNFが選手強化や組織運営のための財源や支援を国などに求める傾向は今も基本的に変わってはいない。20年東京五輪・パラリンピックに向けて国のスポーツ予算はさらに拡大し、五輪スポーツの官への依存はむしろ強まっている。

18年2月の開幕を待つ平昌五輪のスキージャンプ競技会場。五輪開催は平和あってこそ=共同

モスクワ五輪ボイコットのような悲劇が再び繰り返されることはあるのだろうか。個人的には、もうないと考えている。JOCやNFが自立したとは言い難いが、スポーツとアスリートの価値と影響力は当時から比べものにならないほど向上している。

モスクワ五輪のころまでは、海外での日本選手の活躍を国内でテレビの生中継で観戦できるのは五輪くらいだったと記憶している。今では世界陸上、世界水泳など各競技の世界選手権や国際シリーズ大会がビジネスとして活用できるように編成され、放映権は世界各国に販売される。人気選手となれば五輪から次の五輪までの4年間をメディアはずっと追い続ける。世界と戦うアスリートは身近に意識できて、共感できるアイドルになった。とかく批判が集まる五輪やスポーツの商業化は、決して悪いことばかりではない。

今では政治家もメディアも「アスリート・ファースト」という言葉を錦の御旗のように繰り返す。政治のために代表選手を犠牲にするようなやり方を国民の多数が支持するとは考えにくい。むしろ政治家がアスリートを大事にしていることをアピールして支持率につなげようとする。37年前には考えられなかった状況だ。

ただ、今の国際情勢を考えれば楽観はできない。政治的理由によるボイコットはなくても、戦争が起きてしまえば来年の平昌五輪も3年後の東京だって開催自体が危うくなる。安全が確保できないという理由で、選手団の派遣を見送る動きも出てくるだろう。

スポーツの価値さらに高めて

政治も無視できない存在であることを自覚して、競技団体もアスリートも、平和な社会の実現のためにもっと影響力を発揮すべきだろう。スポーツの世界に政治的メッセージはふさわしくないという。自国の利益の主張は論外だが、平和の実現や差別の撤廃といった理念を求めることはそれには当たらないはずだ。スポーツの価値をさらに高めることにもつながる。37年前の幻の代表たちの無念を思いながら、そんなことを考えていた。

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