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9秒台一番乗り逃して悔しさ 陸上・山県亮太(上)

2017/10/29 6:30
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 アスリートの精神力が特に試されるのは、失意の底に突き落とされた時だろう。山県亮太(セイコーホールディングス)にとってのそれは今年の9月9日だった。

 陸上の日本学生対校選手権男子100メートルで桐生祥秀が9秒98をマーク。日本人初の9秒台到達を念願の目標にしてきた山県は、ライバルに先を越されて一敗地にまみれた心境だった。「(9秒台一番乗りの目標を)もう達成できないんだと思うと、すごく喪失感がある」。右足首のけがが響いて8月の世界選手権代表を逃した悔しさに追い打ちをかけた。

 悲嘆に暮れつつ、桐生には祝福のメッセージを送った。「尊いもの」とまで思ってきた9秒台に達した人への敬意を込めて。携帯電話の送信ボタンは、無念を振り払って再び前を向くためのスイッチでもあった。

9月の全日本実業団対抗選手権では飯塚(左)らを引き離し、日本歴代2位の10秒00で優勝した=共同

9月の全日本実業団対抗選手権では飯塚(左)らを引き離し、日本歴代2位の10秒00で優勝した=共同

 同月24日の全日本実業団対抗選手権。山県の目には獲物を追う獣のような鋭さがあった。飯塚翔太らを引き離して快走、タイムは日本歴代2位タイの10秒00だった。

 追い風0.2メートルとほぼ無風だったことを考えれば歴代屈指の走り。桐生が9秒98で走った時と同じ1.8メートルの追い風ならさらなる好記録が出ていたはずだが「次に向かっていくんだと思える記録だった」と山県は笑顔。喪失感で沈んだ心を癒やす会心のレースだった。

 桐生が感性の人なら山県は理詰めで走りを追究するタイプだ。スタートからの2歩目でよく左足の爪先がトラックを擦るのは「無駄な軌道を取りたくない」と低い位置で直線的に足を運ぶから。スターティングブロックはあえて蹴ろうとは思わない。「蹴ると体重が後ろに残る感じがする」

 蹴らずに「目の前のごみを拾うイメージ」で飛び出してからの10秒間は思考の連続だ。「しっかり1次加速をしよう」「どう地面を踏み込んでいこうか」「足を後ろに流さないぞ」

 スタートしてから顔を上げるまでの1次加速局面、そこから最高速度に達するまでの2次加速局面、そして減速局面。それぞれの区間ですべきことを意識する流儀が「高い次元での記録の安定につながる」。ロンドンで10秒07、リオデジャネイロで10秒05と五輪の大舞台で自己記録を塗り替える原動力にもなった。

 周到さがとりわけ生きたのがリオの400メートルリレー。曲走路で走り始める1走の山県はある工夫を施した。ブロックをレーンの右端に置き、先端を内側に向けた。スタート直後に「できるだけ遠心力がかからない」ようにする狙い。この布石が、日本が3位カナダに0秒04差で銀メダルを獲得する快挙につながった。

 自己記録では2013年4月末から桐生の後じんを拝しているが、直接対決は16年5月以降で5勝2敗。サニブラウン・ハキームが急成長中とはいえ、この勝負強さと高水準の自己記録から「国内最強」の称号は山県にささげられよう。次に目指すは日本記録の更新。9秒台第1号を逃した悔しさをバネに「国内最速」の座も奪いにいく。

〔日本経済新聞夕刊10月23日掲載〕

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