2017年11月24日(金)

和銅遺跡 千客万来、古代コインの里
今昔まち話

2017/10/21 12:22
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 ビットコインなど仮想通貨の取引活況を伝えるニュースを目にしない日はない。取引の計算処理に協力して報酬を得る「マイニング(採掘)」で稼ぐ人も増えているという。

 日本の流通貨幣の始まりは平城京遷都直前の708年に発行された「和同開珎」とするのが定説である。埼玉県秩父市の和銅遺跡が材料の銅の産出地とされている。銅の献上を受けた元明天皇は、これを祝って年号を「和銅」と改元。唐の「開元通宝」をモデルに貨幣制度を整えようと和同開珎を鋳造した。

 続日本紀は献上された銅を「ニギアカガネ」と伝える。精錬が不要なほど純度の高い自然銅だったという。

 露天掘りの採掘地跡といわれる遺跡には高さ約5メートルもある巨大な和同開珎のモニュメントが立つ。並んで写真に収まれば、なかなかの迫力。「インスタ映え」する撮影スポットとして観光客を集めている。

 近くにある聖神社は銭神様という和同開珎にちなんだ別名を持つ。ひっそりと信奉される地域の小さな神社だったが、和銅奉献1300年を祝った2008年が転機となり、多くの観光客が訪れるようになった。

 金運上昇に御利益があるパワースポットとして人気を呼び、「宝くじ7億円当たった」「万馬券とれた」とお礼参りに来る人が絶えないという。参拝者は年5000人から10万人に急増した。会社勤めをしながら神社を守ってきた神職の増田忠三さんは会社を辞め、今は神社に常勤。週末には手伝いの神職を雇うほどの繁盛ぶりだ。

 古代の通貨にまつわる歴史が秩父の小さな街ににぎわいを取り戻し、インターネットの世界では仮想通貨が高騰する。どこかで一獲千金の鉱脈を「採掘」できないものか。賽銭(さいせん)箱に小銭を投げ入れ、手を合わせるとそんな思いが浮かんできた。

 和同開珎 708年(和銅元年)に朝廷が鋳造した通貨。本格的な貨幣制度の始まりと位置づけられ、以後約250年で12種の銅銭「皇朝十二銭」が作られた。「珎」の読みは「ちん」「ほう」2説あり、それぞれ珎を、珍と寶(宝)の異体字と考える。歴史教科書などでは「ちん」が有力とされる。683年ごろに鋳造された「富本銭」については流通範囲などに論争がある。

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