「銃のない米社会を」 服部君射殺事件から25年

2017/10/16 13:39
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米ルイジアナ州で1992年、留学していた愛知県立旭丘高2年の服部剛丈さん(当時16)が射殺された事件は18日(日本時間)、発生から25年を迎える。米国では今月も乱射事件が起きるなど、銃による犠牲者は後を絶たない。「銃がなくても安全に暮らせるはず」。剛丈さんの両親は米国での銃規制強化を訴え続けている。

「またか……」。米西部ラスベガスの野外コンサート会場で今月1日、男が銃を乱射し、58人が死亡した。名古屋市港区の自宅にいた父、政一さん(70)はインターネットで事件を知った。「誰でも銃を持てる今の制度では、こういう事件が起きてしまう。免許制にすべきだ」と話す。

銃による乱射事件が繰り返されても、米国では規制強化が進まなかった。だが今回の事件を受け、強化に反対してきた全米ライフル協会(NRA)が、銃に取り付けると連射可能になる装置について「追加規制が必要」との声明を発表した。

銃規制へ一歩前進したという見方もあるが、政一さんは「法律になったわけではなく、根本的な解決になっていない」。母の美恵子さん(69)も表情を曇らせる。

剛丈さんは92年、米ルイジアナ州バトンルージュで留学中、ハロウィーンパーティーの会場と勘違いして入った住宅の敷地で、住人の男性に拳銃で胸を撃たれ死亡した。「フリーズ(動くな)」と警告を受けたが、意味が分からず近づいたとされる。男性は刑事裁判で無罪になったが、民事裁判では約65万ドルの賠償を命じられた。

事件以降、夫妻は規制強化を求め、さまざまな取り組みを進めてきた。

米国の家庭からの銃撤去を求めた署名は約1年間に日米で約195万人分が集まり、93年11月に当時のクリントン米大統領に一部を手渡した。同月末には、短銃購入申請者の犯罪歴調査などを定めた「ブレイディ法」が成立した。

93年には剛丈さんの保険金などを基にした「YOSHI基金」を設立。「銃がなくても安心して暮らせる社会を知ってほしい」と、米国からの留学生への支援を始め、これまでに25人を受け入れた。1年間の日本滞在中、夫妻の自宅に数日間泊まったり、剛丈さんの母校で銃規制について議論したりし、両国の違いを体感してもらう。

「米国はなかなか変わらないが、今後も活動を充実させていきたい」。米国の日常から銃がなくなる日を願い、夫妻は前を向いた。〔共同〕

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