認知症の母が通販で爆買い 笑えない50代男の介護記
『母さん、ごめん。』著者、松浦晋也さんインタビュー(前編)

科学ジャーナリスト・松浦晋也さんの『母さん、ごめん。50代独身男の介護奮闘記』(日経BP社)は、自身の介護体験を赤裸々につづったノンフィクションだ。認知症を発症した親の介護について書かれた本は少なくないが、「50代独身の男性」が一人で母の介護を行ったケースは珍しいだろう。しかし未婚男性が増えているなか、これから同じ経験をする人も増えてくるに違いない。母のグループホーム入居で2年半にわたる自宅介護を終えた松浦さんに、改めて当時の苦労を聞いた。
男性が書いた認知症の母親の介護記が話題に
――この本のもとになった連載は2017年3月から「日経ビジネスオンライン」で始まり、大変な反響を呼びました。母と自分を客観的に見つめ、厳しく冷静に記述していく姿勢は科学ジャーナリストならではですね。
予想以上の反響で驚きました。2017年の1月末に母をグループホームに預けて一段落した後、編集者に近況を話していたら「連載にしましょう」と言われたんです。はっきりと意識していたわけではないけど、介護をしているときから「これはネタになる」という気持ちはあったので、メモを取ったり記録を整理したりはしてありました。
自分自身の話なので普段の仕事と違って資料を集める必要がないのはよかったけど、当時のことを細かく思い出すのはつらい作業でした。連載は2017年8月まで続きましたが、原稿は2月から5月までに一気に書いてしまったんですよ。本になってからは読み返していません……。普通に読めるようになるには、もう少し時間がかかるでしょうね。
――同居していたお母さんはアルツハイマー病を発症するわけですが、松浦さんが異常に気づいたのは2014年の夏。きっかけは「預金通帳がない」と繰り返し訴えるようになったことでした。

はい。後から振り返るといろいろ前兆はあったんですけど、はっきり「おかしい」と気づいたのは2014年の7月でした。自分の中に、面倒臭いことは先送りにしたいという気持ちがあったんでしょう。認知症の場合、対応が遅れると、どんどん状態が悪くなっていくもの。それは今も後悔しています。
また、本人も「何ともない」と言うわけですよ。本人は家族以上に(認知症を)受け入れることができない。自分がそうなったとき、自分は受け入れられるだろうか、と考えてしまいました。
――認知症に気がついた2014年夏の時点でお母さんは80歳。それまで、認知症になる可能性は考えていませんでしたか?
全然考えていませんでした。当然起こりうる事態で、それを考えてなかったということは「逃げている」ということですよね。父方の祖母は99歳まで生きたけど、最後まで頭はしっかりしていたんですよ。でも95歳まで生きた母方の祖父は、今になって思うと最後の5年間くらいは認知症だったんだと思うんですよ。当時は認識していませんでしたが……。年を取れば多少はボケるもんだ、くらいにしか思ってなかった。
「初動の遅れ」が取り返しのつかないことに
――非常に一生懸命、介護に取り組まれる様子が印象的なのですが、ご自身で「これは失敗だった」と思われることはありますか?
自分の介護を振り返ってみて、一番の失敗は「初動の遅れ」です。10月に総合病院の神経内科に電話して、予約が取れたのが(翌2015年の)2月ですからね。この初動の遅れは痛かった。
本にも書きましたけど、まずは近所の「地域包括支援センター」に連絡するのが正解です。私は普通の病気と同じように考えて、医者を探して予約を取るという対応をしてしまいました。対応が遅れると、どんどん母のできないことが増えていく。すると、少しずつこちらのストレスもたまっていくんですよ。
――松浦さんは一人だったのでなおさらですが、公的介護サービスに頼らず、「家族だけ」で認知症になった親の介護をするのは無理だと書かれています。
私の場合は「サンプル数1」でしかないですけど、体験してみてそう実感しました。私はフリーランスだからまだよかった。仕事に割く時間を削って介護していたところがあるので、何とか回せました。会社勤めだったら、時間的拘束がきついですからもっと大変だったでしょう。

例えば私の場合、通勤時間がないわけです。朝1時間、夜1時間を通勤に取られていたら、できないことがたくさんあったと思います。「介護退職」というのも本当にありうることがよく分かりました。
親が認知症になったら、とにかく地域包括支援センターに連絡すること。そこには介護に関する情報が1セットそろっている。どこにどういう医師がいて、どういう事業者がいるのかを把握していて、困ったことの相談にも乗ってもらえます。
でも、そういうサービスがあるということは、身近に老人がいないと知らない人も多いんじゃないかと思います。意識して見ると、街のあちこちに看板が出ているし、デイサービスなどで老人を送迎するバスもよく走っているんですよ。だけど興味がなければ目に入らない。私も母の介護を始めるまでは、まったく気がつきませんでしたから。
――初期の頃は、知らないうちにお母さんが勝手に注文する「通信販売」に悩まされました。注文して届いた健康食品や白髪染めが家の中に大量にしまってある。自分で「月ごとの定期購入」を注文したことを忘れて、料金だけ支払い続けていたんでしたね。
最初は母が自分で通販の払い込みをしていたわけですよ。それができなくなり、私が財布を管理するようになって初めてそんなに大量に注文していたことが分かった。見つけたものは片っ端から解約していくんだけど、本人がテレビ通販などで「月ごとの定期購入」をどんどん頼んでしまう。何回注意しても記憶が残らないからイタチごっこです。
最後は2015年の夏に、本人が電話できなくなって終わったんです。僕らの世代はネット通販が普及しているから、もっと大変になると思います(笑)。
男は介護する母の下着を用意できるか?
――やがてお母さんはあらゆる家事ができなくなって、すべて松浦さんが担当することになる。仕事をしている男性にとって、食事や掃除など「すべての家事」をこなすというのは想像以上に大変なことのように思います。
いやもう、大変でした。私も一人暮らしの経験はあったので人並みに家事はできると思っていたのですが、自分一人の場合と「他の人が満足する」レベルは違うんですよね。自分一人なら、料理を失敗しても我慢して食っちゃえばすむでしょう。ところが、それを「まずい!」とはっきり言われてしまう。
親孝行するなら、認知症になる前にしなければと、つくづく思いました。認知症になった親は、いくら熱心に介護しても感謝してくれなくなったりしますからね。それどころか、「ご飯がまずい!」と言われる。それで自分はやっぱり傷つくし、ストレスがたまっていく。
それでも介護を続けたのは、「自分がやらねばどうしようもないから」としかいいようがない。自分が食事を作るしかないわけです。認知症になると社会的抑制が外れるのか、遠慮がなくなるんですよ。たまに通院の途中などに外食に連れていっても、店内で食べている最中に「あー、おいしいものが食べたい!」なんて大声で言っちゃうわけです(笑)。
――最近は「老人向けの食事宅配サービス」も増えています。松浦さんも試してみましたが、お母さんは満足されなかったんですね。
1食600円なりの味で、特に不満を持たない人もいると思います。ただ、老人向けの宅食(宅配の食事)はどうしても薄味なので、濃い味付けの北関東出身の母には物足りなく感じるようで……。私が作った料理も血圧が上がらないように薄味にすると、それにしょうゆをかけてしまう。そこで減塩しょうゆに替えると、もっと大量にかける(笑)。残りの人生とQOL(生活の質)を考えると、多少は味が濃くてもよかったのかなとも思いますけど……。
――母にどんな下着を買ってくればいいのか、という苦労もありました。確かにこれは、息子には難しい。自分の母親がどんな下着をつけているか、きちんと知っている男性は少ないでしょう。
そうですよね。普段どんな下着をつけているのか、それが季節によってどう変わるのか、そんなこと全く分からないでしょう。こっちに知識がないうえに、本人の言語能力も下がっているから、聞いてもよく分からない。最終的には、(ドイツ在住の)妹がいてくれたから何とかなったんです。
※後編「『明日は我が身』認知症も介護も人ごとではない」に続きます。

(ライター 伊藤和弘、インタビュー写真 菊池くらげ)
[日経Gooday 2017年9月29日付記事を再構成]
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