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「冷たい日本」に逆上陸

米で3度起業 テックポイントの小里氏

「シリアルアントレプレナー」という言葉がある。「serial(連続の)」と表現されるように、次々と事業を立ち上げる起業家を指す。日本では、まだ珍しいタイプの起業家が率いる米国のスタートアップが9月末に東京証券取引所マザーズに株式を新規上場(IPO)した。なぜ日本なのか、キーワードは自動運転とリベンジだ。

9月29日に東証マザーズに上場したテックポイントの小里社長

「日本の技術者の採用を増やす」。9月29日、IPO後の記者会見に臨んだ米テックポイント・インクの小里文宏社長は日本でIPOをした理由を説明した。視線の先にあるのは自動運転だ。

自動車の様々な場所にカメラが搭載され、カメラが撮影した動画像を人工知能(AI)が解析して運転する――。近未来のクルマにおいて、テックポイントは車載カメラの動画などを送受信する半導体を提供する。

米国企業であるテックポイントが日本車メーカーと協業したり、自動運転の分野の技術者を採用したりするには、社会的信用が欠かせない。その証しが日本で上場企業となることだった。

そうした小里社長の狙いを察知していた企業や投資家もいる。

デンソーの米国法人はテックポイントに出資、8月末時点で第3位の株主となっている。テックポイントに投資していたモバイル・インターネットキャピタル(東京・港)の山中卓社長は「テックポイントが買収に踏み切るときは共同で投資する用意はある」と語る。

2012年設立のテックポイントはシリコンバレーに本社がある。従業員数は約60人。日本や韓国にも開発拠点を持つグローバル企業だ。監視カメラの映像の送受信に使う半導体を開発、製造は外部に委託する。17年12月期の連結営業利益見込みは520万ドル(6億円弱)。研究開発費がかさみ、前期比3%強の減益だが、売上高は20%増の3260万ドルに達する。

成長を支えるのが「HD-TVI」と呼ぶ監視カメラ向け技術。テレビなどの機器をつなぐ同軸ケーブルで高精細なHD画質の映像を送れる。デジタル情報をアナログ情報に変換するので、高価なデジタルケーブルを使わずに済み、コストを抑えられる。映像データを圧縮する手間も不要で伝送時に遅延が生じない。

最大の得意先が中国の監視カメラ最大手、ハイクビジョン。ハイク社はキヤノンが15年に約3300億円を投じて買収したスウェーデンのアクシスコミュニケーションズのライバル企業だ。ハイク社は自社の監視カメラにテックポイントの半導体を採用している。

小里社長は監視カメラ向けで培った技術を車載カメラに応用する考えだ。IPOの場所に日本を選んだのは、有力な完成車・部品メーカーが集積しているからだ。

58歳の小里氏は米カリフォルニア大学サンタバーバラ校を卒業後、1986年にトーメン(現豊田通商)に入社した。87年にリコーに転じ、米国で半導体の製造受託サービスを半導体企業に売り込んだ。新しいことができないかと考え、CD-ROM制御の半導体事業を提案した。しかし、上司は「取り合ってくれなかった」(小里氏)。

そんなとき、シリコンバレーで出会ったのがクー・フェング氏だ。クー氏は現在、テックポイントの最高技術責任者(CTO)を務めている。クー氏はニューヨーク州立大学で理学博士号を取得し、91年から94年までセイコーエプソンの子会社でアナログ半導体などの設計を担当していた。

小里氏はクー氏と95年にシグマックステクノロジーズを設立した。CD-ROMのデータを制御する半導体を発表すると評判になり、設立1年後に約2000万ドルで会社を売った。

2度目の起業は97年。「パソコンとテレビの両方に対応できるディスプレーを開発できないか」との思いをもとに、テックウェルを立ち上げた。

日本の電機メーカーに提案したが、相手にされなかった。方向転換し、監視カメラやビデオ録画機向け半導体の開発を始めた。製品を完成させたテックウェルは06年に米ナスダックに上場した。小里氏は10年に米半導体企業のインターシルに4億5500万ドルで売却するまで社長を務めた。

3社目の起業となるテックポイントを設立するまでには2年間の空白期間があった。「日本には大企業に埋もれたまま、活用されていない技術が多い。それらの技術や人材を切り出して再生させる買収ファンドをつくれないか」と考えたのだ。

小里氏は日本を訪れ、ファンド設立の可能性を探った。だが、お金や技術を出す投資家や大企業は現れなかった。小里氏は方針を転換し、テックポイントを設立した。IPOの場に日本を選んだのは、かつて自分のことを相手にしなかった日本の大企業への意趣返しの側面もあるようだ。

小里氏の事例は示唆に富む。日本では、国内で事業基盤を築いてから海外展開するのが一般的。小里氏は海外で実績を上げてから日本に「逆上陸」した。自社の技術を生かそうとする「プロダクトアウト」型の発想が日本には多い。小里氏は「こんなものがあれば便利なはずだ」と先に製品のアイデアを考える。半導体開発でも買収で他社の技術を獲得、最先端のデジタル技術にこだわらずにアナログの方式を利用し、遅れがない映像伝送を実現した。

小里氏は「日本人は97%ぐらいまで良い製品をつくれているが、残りの3%を直すのに時間がかかる。こうした事業を切り出して残りの3%を直すだけでよみがえる」と指摘する。日本の大企業に袖にされて断念した買収ファンド構想。小里氏は実現の時機を狙っている。

(企業報道部 鈴木健二朗)

[日経産業新聞 10月6日付]

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