2017年11月19日(日)

旧岩崎邸、戦後の闇見つめた白亜の館 
今昔まち話

社会
2017/10/14 14:14
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 三菱財閥・岩崎家の本邸として1896年に完成。かつては1万5000坪の敷地に20棟以上の建物があったが、今は3分の1ほどの面積に洋館、和館、撞球(ビリヤード)室が残る。

 西欧建築を日本に伝えた英国人建築家、ジョサイア・コンドルが設計した。「こんな立派な明治の洋館が残っているのは珍しいんですよ」。ボランティアガイドを務める「茅町コンドル会」の三村善美会長は胸を張る。

 しかし、財閥の華やかさとは異質の暗い時代もあった。戦後まもなくGHQが接収。「キャノン機関」と呼ばれる秘密機関が拠点にしたのだ。

 キャノン中佐が率いた同機関は、国鉄総裁が遺体で見つかった1949年の下山事件など戦後の不可解な事件で関与が噂された。真相は不明だが、ベールに包まれた姿が垣間見えたのが鹿地事件だ。

 51年11月、神奈川県藤沢市の自宅付近を散歩中だった作家の鹿地亘が拉致された。翌年12月の解放まで監禁場所は転々としたが、最初に連れてこられたのが旧岩崎邸だった。

 「きみは人知れず死にたいか、それともぼくらに協力するか?」。鹿地の手記「暗い航跡」に、すごむキャノンが描かれている。

 鹿地は戦時中に中国で反戦活動をした際、米側に協力。しかし、戦後はソ連のスパイの疑いをかけられていた。作家の松本清張は「日本の黒い霧」で、キャノン機関が拉致したのは「アメリカとの協力を裏切ってソ連の手先となった背信に怒ったためかもしれない」と書いている。

 旧岩崎邸に連れ込まれたのは鹿地だけではないという。サンフランシスコ講和条約で日本が独立を回復した後も、人知れずうごめく米国の秘密機関。戦後日本の闇を知っているのは白壁の洋館だけかもしれない。

      ◇

旧岩崎邸庭園 東京メトロ千代田線・湯島駅から徒歩3分。入園料は一般400円で開園は午前9時から午後5時(年末年始は休園)。毎日午前11時と午後2時にボランティアによるガイドがある。山小屋風の造りの撞球室は通常非公開だが、毎月第2木曜日のみ特別ガイドがある。近代建築史のセミナー、若手演奏家によるコンサートなどイベントも盛りだくさん。庭園の一部は拡張・復元工事中で、来年夏にも完成する見通しだ。

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