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ポゼッション・サッカーは過去のものではない

サッカージャーナリスト 大住良之

「相手よりボールを保持したからといって勝てるわけではない。ポゼッション(ボール支配)率が高ければ勝てるというのは真実ではない」

サッカー日本代表のバヒド・ハリルホジッチ監督の言葉が波紋を呼んでいる。

9月28日、10月上旬の2試合のメンバーを発表する記者会見の冒頭で、ハリルホジッチ監督はメンバー発表などそっちのけで、いきなり18分間の大演説をぶった。その前夜に行われた欧州チャンピオンズリーグのパリ・サンジェルマン(PSG、フランス)―バイエルン・ミュンヘン(ドイツ)を引き合いに出し、ポゼッションが37.6%しかなかったPSGが3-0で勝ったのは、デュエル(1対1の競り合い)で57.4%と勝ったからだと話した。

ポゼッションのみでは意味なし

「ポゼッションのみでは全く意味がない」と、ハリルホジッチ監督は強調した。

その翌日、FC東京の安間貴義監督は「ポゼッション率を高めて失点を減らしたい。ボールを持つことで、守備の時間を短くしていきたい」と、ハリルホジッチ監督とは百八十度違うアプローチを示した。「(ポゼッション否定は)ハリルさんの個性で、あくまで一つの提案。何とも思わない」と我が道をゆくことを示した。

体は小さく、フィジカルも強くはないが、技術は高く、コレクティブに(集団として)戦うことができる――。これが日本選手の特徴であり、最近の日本代表監督はその長所を生かすために「素早いパスワーク」を主要な武器としてきた。その結果、パスの本数が多くなり、ポゼッションも高まった。

Jリーグでこうしたサッカーを徹底した形で追い求めたのが、2012年から今年7月まで浦和レッズを率いたミハイロ・ペトロビッチ前監督である。彼は「理想のサッカーは試合の大半を相手陣でボールを支配するもの」とまで公言し、引いた相手でも切り崩して得点するためのアイデアを次々と出してチーム力を高めた。その浦和の成功(なかなかタイトルは取れなかったが……)に刺激されて、Jリーグだけでなく日本のサッカーが「ポゼッション」の重要性を認識し、J2、J3のクラブのサッカーもポゼッションを大事にする方向になってきた。このような方向を追うことで、J2、J3の試合のレベルは過去数年間でかなり上がったように思う。

ただし、ハリルホジッチ監督の戦いには、Jリーグの監督とは全く違う側面がある。ワールドカップに出場するためのアジア予選の試合、そしてワールドカップで上位に行くための試合という、全く違った2種類の試合を戦わなければならないからだ。

アジア予選の大半の試合では、最初から日本が優位とみられ、相手は日本の攻撃力を警戒して守備を固める。そうした相手には、しっかりとポゼッションをして相手にカウンターのチャンスを与えないという考え方が有効であるのは間違いない。だがワールドカップでは、守りを固めなければならないのは日本となる。そしてボールを取ったとき、のんびりとポゼッションをしていたのでは、相手ゴールにたどり着くことなどできない。

「ボールを奪ったらできるだけ早く相手ゴールに迫る」というハリルホジッチ監督の方針は、ワールドカップ本大会を見据えてのもの。そうしたサッカーができれば、当然アジア予選でも問題はないと、アジアでの経験がほとんどないハリルホジッチ監督は考えていたに違いない。

こうした方針をベースにした日本代表監督は、ハリルホジッチ監督が初めてではない。1994年末から97年10月にかけて指揮を執った加茂周氏の「ゾーンプレス」は、まさにそうした考え方だった。

「ボールを奪ったらできるだけ早く相手ゴールに迫る」という方針はワールドカップ本大会を見据えてのもの=共同

世界に通じる現代的なサッカー

手順を決めて中盤で相手を囲い込み、ボールを奪う。取ったボールをできるだけ早く前につけ、相手の守備態勢が整う前に攻めきる……。「ボールを下げるな(バックパスはするな)」という言葉に、加茂氏の思想がよく表現されている。加茂氏が掲げた「世界に通じる現代的なサッカー」は、まさにハリルホジッチ監督のサッカーと同じだった。

ハリルホジッチ監督はそうしたサッカーをするための要素として、以下のような点を考えているはずだ。

(1)コレクティブに戦うこと

(2)フィットネス(スプリントを繰り返す力)

(3)デュエルに勝つこと

(4)前線からのプレス

(5)時間をかけずに攻めきる

そうした要素が試合のなかで非常に高いレベルで表現されたのが、8月31日、ワールドカップ出場権を決めたオーストラリア戦だった。この試合については、9月7日付のこのコラムでもアジアサッカー連盟(AFC)の公式サイトに掲載された試合データを引き合いに出して書いたが、支配率33.5%、パス数305本、成功率70.8%(以前の日本代表は500本台、80%が普通だった)というデータでなお、試合を完全にコントロール下に置き、シュート18本(相手5本)で2-0の勝利。その背景にはデュエル勝率53.4%、空中戦勝率57.7%という球際での戦いの勝利があった。

支配率やパス本数を減らそうという考え方ではない。ただ、ボールを奪ったらできるだけ早く前につけ、短時間で攻めきってしまおうという考え方であれば、当然、パス数は減り、成功率も低くなり、そして支配率が下がってしまう。この試合ではそれでも攻撃が効果的であったことが、シュート数や試合結果によく表れている。

ただこれは、日本代表がワールドカップ本大会レベルのチームを相手にして初めてできる試合でもある。アジア予選の大半の試合では、引いた相手をどう攻め崩すかという戦いだった。そこでは、攻撃を始めようとしたときには、すでに相手の守備は整っているのだから、ボールを簡単に失わないことが必要になる。当然、パス数が増え、支配率も高くなる。

ハリルホジッチ監督が就任して3カ月後、15年6月のワールドカップ2次予選初戦、シンガポールを埼玉スタジアムに迎えた試合を思い出してほしい。圧倒的にボールを支配して攻め続け、23本のシュートを放った。相手は3本だった。支配率は65.7%に達した。ゴールを割ることはできず0-0で引き分けたが、ハリルホジッチ監督は、試合内容そのものは高く評価した。

9月28日にハリルホジッチ監督が語ったのは、来年のワールドカップに向けてどういうチームをつくり、どういうサッカーをしたいのかということだった。決して「ポゼッション・サッカーは過去のもの」と言ったわけではない。翌日のFC東京・安間監督の反応も正しい。

「縦に速い攻撃」を志向しても、必要なステップを踏まなければ実現できない=共同

世界のサッカーは、今世紀最初の10年間にスペインのFCバルセロナが夢のようなポゼッション・サッカーを実現し、それがスペイン代表の欧州選手権2連覇(08、12年)とワールドカップ初制覇(10年)を通じて世界の目指すところとなった。しかし、その後の数年間で「縦に速いサッカー」が主流となって現在に至っている。ハリルホジッチ監督が言及したPSG―バイエルンのように、ポゼッションで大きく劣るチームが効果的なカウンターを繰り出して勝利を収めるケースが増えてきたからだ。

踏まねばならぬ必要なステップ

代表チームのサッカー、監督の考え方は日本全国のあらゆるレベルのサッカーに影響する。だが、ただ「縦に速い攻撃」を志向しても、必要なステップを踏まなければ実現できない。

こうしたサッカーを実現するための最大のポイントは何か――。

フィジカルではない。技術なのだ。横浜フリューゲルスで「ゾーンプレス」の導入を図ったとき、最も難しかった課題はシンプルで正確な技術だったと、加茂監督(当時)は語る。それは現在の日本代表でも同じだ。

スピードが上がれば上がるほど正確に止め、タイミングを合わせて正確に足元にパスをするというシンプルなプレーが難しくなる。その技術は、まずはしっかりとしたポゼッション・サッカーの中で磨かれるものだ。

Jリーグにおいても、優勝を目指すチームはしっかりとしたポゼッションができることが大前提となる。その上に、チャンスを逃さずに縦に速く攻めるサッカーをすることが求められる。

「ポゼッション・サッカー」は決して過去のものになったわけではない。

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