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藤原和博校長「人生で『山』を3つ、4つ登ろう」

サッカー元日本代表・岩政大樹が聞く

 サッカーの元日本代表の岩政大樹(35)がスポーツ界に限らず、様々な世界に足を踏み込んでいく対談シリーズの第6回。リクルートを経て民間人校長となった奈良市立一条高校の藤原和博校長に成熟社会の教育や生き方について尋ねた。

岩政 自分でプレーする以外に、東大のア式蹴球部で指導をしているのですが、いまの子たちは何かと正解を求めたがりますね。サッカーは時間が流れていくなかで、それぞれの選手が次々と判断をしていかなくてはならないスポーツで、一つの正解があって、それに沿ってプレーするものではありません。だから「自分で考えろ」と言うのですが、何をどう考えていいのかわからないようです。「考えろ」ではなく、何か別の表現はないものかと悩んでいます。

藤原校長(右)と話す岩政

藤原 大人は子どもに「もっとよく考えなさい」と言いがちです。そのとき、子どもが「それってどういうことですか? どうしたら考えたことになるんですか?」と尋ねたら、たぶん答えられないと思います。日本の教育は本当の意味での考える技術を教えていないから。小学校から高校まで、正解をよりたくさん詰め込んで、メモリーを最大限に増やす「正解主義」の教育をしているんです。私はそれを「情報処理力偏重の教育」と呼んでいます。東大の学生は正解主義の権化、正解の出し方を考えるプロです。だから、サッカーの選手までが正解を欲しがるという話は実に面白い。

求められるのは情報編集力

岩政 僕がいつ正解を言ってくれるのだろうと戸惑っているのが伝わってきます。

藤原 日本も成熟社会になり、正解が一つでないことが増えてきました。求められるのは自分が納得し、他者を納得させられる「納得解」です。それには情報を瞬時に編集して組み立てていく力が必要になっています。情報処理力ではなく、情報編集力です。頭を柔らかくして、インスピレーション、イマジネーションを生かさなくてはなりません。いまや高校野球でも監督のサインどおりに動けば勝てる時代ではなくなりました。すべて選手が自分で考えないと勝てない。試合が終わったらすぐに「あそこはこうすべきだったんじゃないか」とブレストをしているチームが増えているそうです。サッカーやラグビーはまさしくそういうスポーツですよね。情報編集力が求められるはずです。それなのに東大の選手が正解を求めるわけですか? このテーマで本が1冊書けますね。

岩政 僕は個人がより良い判断をできるようになれば、チームが大きくなっていくと考えています。最初に組織の枠をつくっていくのではなく、個人を大きくしていけば、結果として大きな組織がつくれます。しかし、東大の選手は「どうして枠をつくってくれないんですか」と思っているように感じます。

藤原 正解がないと動けないのは、正解主義の教育を受けてきたからです。正解主義の教育で養われるのは「ジグソーパズル型の学力」です。ジグソーパズルというのは最初から答えが決まっていて、200ピースなり2000ピースなりを埋め込んでいく。戦後70年間、日本の教育の9割がこれでした。しかし、いまはそれが通用しなくなっています。ジグソーパズル型の学力ではAI武装したロボットにかないません。必要なのはジグソーパズル型ではなくレゴ型の学力です。レゴは自分の創造力で宇宙船でも家でも町でもつくれます。人の頭の中をこっちに変えていかなくてはなりません。サッカーで求められるのはレゴ型学力、情報編集力ですよね。

岩政 サッカーを強くするにはその部分を伸ばすしかないと思います。日本の社会、教育を変えなければならないと言う人がいますが、それには時間がかかります。サッカー選手を変えていって、サッカー界から成功例として発信した方が早いのかなと思います。

奈良市立一条高校の藤原和博校長は「ジグソーパズルでなくレゴ型の学力が必要」と語る

藤原 先ほど、自分で考えるようにするにはどうしたらいいかという話が出ましたが、和田中学(東京・杉並)の校長時代に始めて、一条高校でも続けている「よのなか科」の授業ではブレストとディベートを徹底的にやります。たとえば、「病院で死ぬか、自宅で死ぬか、どっちがいい?」というテーマを与えます。何割が自宅で死んでいるといったデータを伝えたうえで、どういう死に方がいいかをディベートさせると、自分の考え方が深まっていきます。さらにロールプレー(役割演技)とシミュレーションをさせます。死にそうな状態のおじいちゃんをロールプレーさせ、心臓がバクバクいっているときに、自宅で死にたいからといって救急車を呼ばない選択ができるのかどうか。もし救急車で病院に運ばれてしまったら、集中治療室に入れられる、チューブを通されて話せない状態になる、といったことを考えさせます。もっとシンプルな方法としては、意見を聞くという手があります。一条高校ではスマートフォン(スマホ)を使って授業をします。「意見がある人?」と尋ねても、手をあげる生徒は限られています。だからスマホで意見を書かせます。無記名だから恥ずかしくないし、極端な意見も書きやすい。2分もあれば200字は打ってきます。そうやって何度も何度も意見を聞きます。これを繰り返さないと、正解を当てるモードから編集モードに切り替わりません。

岩政 僕は試合中、相手の心理を読んで、こういう心理だから、こう動こうと考えます。これはシミュレーションとロールプレーに当たりますよね。サッカーをするとは、そういうことなんだと考えています。

学校教育にロールプレーを

藤原 世界中のすべての子どもはロールプレーを経験しています。ごっこ遊び、たとえば、おままごとです。これは家族をロールプレーする。少し話がそれますが、以前はおままごとの一番人気の役柄はお母さんでした。いまは違うそうです。誰が一番人気だと思います?

岩政 赤ちゃん。

藤原 惜しい。答えは飼い犬です。みんなにかわいがられるから。お母さんはみんなにいろいろ指図をしなければならないから、嫌われ役です。いまの子どもは傷つきたくないし、人を傷つけたくないから、お母さん役は人気がないらしい。それはともかく、学校で演劇的な授業をしなくなっています。中学では全くしません。主体的な学習として一番いいメソッドなので、学校教育にロールプレーを入れるべきです。

岩政 ある意味で、僕はサッカー選手として演技ばかりしてきました。周りがどうかによって自分の立ち位置や態度を変えることばかり考えています。それによって周りがどう動くのか、仮説を立てて実践します。やってみてダメだったら、また仮説を立て直します。

藤原 仮説を立て、試して、修正するという作業を無限に繰り返すときに欠かせないのは情報編集力です。サッカーの場合、それを高速でこなしていかなくてはならないんでしょうね。頭を柔らかくしないとできません。

岩政 情報処理力と情報編集力の教育をどのくらいの割合でやったらいいのでしょう。

藤原 日本は戦後、アメリカンライフという正解を目指してきました。何億ピースかわからないけれど、そのジグソーパズルは80年代後半に7~8割完成したと思います。そこまでは情報処理力が9割でもよかった。でも、いまはシフトチェンジが必要です。処理力と編集力が9対1だったのを7対3にすればいいと思います。大きく変えて編集力の方を7割にしてしまうと、たぶん日本の良さがなくなってしまいます。処理力偏重の良さもあります。新幹線が時刻表どおりに動くとか、レストランでそれぞれが違う料理を注文しても同じタイミングで出てくるのは処理力が高いからでしょう。日本人はすべてを早くきちんと正確にこなします。その力は失いたくありません。話が変わりますが、急成長してきた日本サッカーがここからさらに一段、上がるにはどうしたらいいのでしょう。

「いまの若い選手は『考える』ということが不足している」と岩政

岩政 いまの特に若い選手は失敗したら、そこで終わりにしてしまう傾向があります。なぜそういうことが起こったのか、どこに立って、どう動かしたらよかったのか、といったことを深く考えません。そういう話をすると「そんなことまで考えていませんよ」と言います。サッカーというスポーツの捉え方が違ってきている感じがします。「考える」ということが不足しています。このサッカーのベースに当たる部分を上げていったら、世界に近づくと思います。練習メニューや戦術の問題ではありません。サッカーをするとはどういうことなのかを植えつける必要があります。僕はプロになれるようなレベルの選手ではなかったのに、日本代表にまでなってしまいました。もっと才能のある選手がサッカーの考え方を身につけたら、トップ・オブ・トップの選手が生まれてくるはずです。

藤原 そうかもしれませんね。

岩政 僕はプロサッカー選手になることを夢見ていたわけではありません。頂を目指して山を登ってきたわけではなく、日々、やるべきことをこつこつやっていたら頂が見えた、それがプロ選手だったというだけです。だから無理に夢を持たなくてもいいいんじゃないかと思っています。そもそも、サッカー選手になったといっても、いつかは引退して、その後の人生もあるわけです。それによってまた夢や目標も変わります。

希少性高め、レアな人間に

藤原 いまや人生90年の時代です。40歳代で坂を上りきったら人生終わりという時代ではありません。その後が長い。サッカー選手も引退してからの人生が60年近くあります。こういう人生では山が3つも4つも必要です。富士山型ではなくて八ケ岳連峰型の人生です。1つの山を登っている間に、次の準備を1つ、2つしておかなくてはなりません。自分の居場所をキープして、うまく乗り換えていくイメージです。この話をすると、みんな納得するのだけれど、自分のこととしてリアリティーを感じにくいらしい。親が1つの山で人生を終えるのを見てきたからかもしれません。

岩政 情報編集力をつけていれば、どんな仕事でもできそうな感じがします。

藤原 自分の希少性を高めて、100万分の1のレアな人間になれと説いています。私はリクルートで営業とプレゼン、リクルート流のマネジメントを身につけて希少性を高めました。しかし、そのうち自分よりできる若い人間が育ってきて、私の希少性が低下します。だから47歳で退社して、一歩踏み出したというよりジャンプして、和田中の校長になりました。リクルートで養った力が通用しないと思われる公教育の世界にあえて飛び込んだわけです。これをやったことで、また希少性が高まりました。いまは時計やカバンのデザインの仕事などもしています。1つの仕事では生ききれないし、死にきれません。

岩政 鹿島を出て、最初にタイリーグに渡ったのは、希少性を高めたかった面もありました。日本に戻るときもJ1のクラブではなくJ2の岡山を選び、今年は社会人リーグの東京ユナイテッドに身を置きました。人と違う経験をしておこうと考えました。

藤原 僕はビジネスマンとして行き詰まったので、モードを変えたくて37歳の時にリクルートの欧州駐在となりました。4歳の子どもを連れていき、さらにロンドンとパリで子どもが生まれたので、5人家族で帰ってきました。欧州の成熟社会で子育てをしたことが、いま、すごく生きています。

岩政 欧州に行くのもひとつの選択肢ですかね。

藤原 海外の日本人学校の校長になるという道だってありますよ。

岩政 それ、面白そうだなあ。

〈対談を終えて〉…妄想してみよう
 怒涛(どとう)の時間だった。言葉が適切かどうか分からないが「強烈だった」。狭い世界に生きていると、「自分は全て分かってる」「どうして他の人は分からないんだ」なんて、つい考えがちだが、実は世の中にはアイデアを持ったすごい人がたくさんいる。だから僕はやっぱり、まず人に会わないといけないということを再確認した。
 「考える」という言葉の意味するところは、何を考えることなのか。僕が今年、指導者としての道を歩み始めた中で直面した大きなテーマだった。それをいともあっさりと言葉で説明してもらえて、腑(ふ)に落ちた。特に、「シミュレーション」と「ロールプレー」の部分だ。そうだ、僕がサッカーにおいて「考える」という言葉を使うときは「シミュレーションをする」「ロールプレーをする」ということなのだ。
 僕は最近、それを勝手に編集して、子供たちに「妄想」という言葉を使っている。僕自身を20年前の自分に「シミュレーション」し、「ロールプレー」してみたら、それが「妄想」を抱いているときの頭に似ていると感じたからだ。子どもたちにとっても、日常の中で妄想したことくらい一度はあるはずで、「妄想してみよう」という言葉なら、それを特別なことと思わずに、抵抗なく「考える」につながると考えた。
 ただ、対談で出たように、それもバランスの問題である、ということを忘れてはならない。「情報処理力」か「情報編集力」か、の二者択一ではなく、「情報処理力」も「情報編集力」もどちらも大切で、そのバランスを必要に応じて変えていくことなのだと思う。
 自慢ではないが、東京大学ア式蹴球部の子たちもこの半年を経て、少しずつだが確実に変わってきた。サッカーとは、「ジグソーパズル」のようなものではなく「レゴ」のようなものであり、「自分なり」に積み上げていくしかない。形にならなければ、みんなでまた積み上げるしかなく、積み上げていくことで形になるものもあるのだ。それを理解し始めたことは、チームを包む雰囲気で察する。僕は出始めた結果より、そのことを何倍も喜んでいます。

藤原和博(ふじわら・かずひろ) 1955年11月27日、東京都生まれ。1978年、東京大学経済学部からリクルート(現リクルートホールディングス)入り。新規事業担当部長などを歴任。2003年に東京都の公立中学では初の民間人として杉並区和田中学の校長に就任。ブレストとディベートを多用したキャリア教育「よのなか科」を創設し、ベネッセ賞を受賞。16年から奈良市立一条高校校長。著書に「校長先生になろう」「坂の上の坂 55歳までにやっておきたい55のこと」「藤原先生、これからの働き方について教えてください。」などがある。

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