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もっと関西 琵琶湖 「水止めたろか」実際どうなる…(とことんサーチ)
滋賀水浸し? 笑えぬ冗談 明治に200日浸水→水位操作へ堰設置

2017/9/26 17:00
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「琵琶湖の水、止めたろか」。滋賀の人たちの胸に秘める大阪や京都への対抗心を表す鉄板セリフだ。「近畿圏1450万人の水がめ」の水を止めると、下流域の京都や大阪が干上がってしまう、という笑いのネタでもある。だが、実際に止めるとどうなるのか。滋賀県にも大変な事態を招き、とても笑い話ですまないことになるのだ。

まずは琵琶湖のことを知ろうと、滋賀県立琵琶湖博物館の芳賀裕樹総括学芸員を訪ねた。面積は670平方キロメートル。淡路島とほぼ同じで滋賀県の6分の1を占める。貯水量は通常時で275億トン。芳賀さんは「小学生に東京ドームの何十万個分と説明しても、スケールが大きすぎて実感してもらえない」と苦笑いする。

琵琶湖には野洲川や安曇川など119の1級河川をはじめ中小を合わせると約460もの河川が流れ込む。一方で琵琶湖からの河川は瀬田川だけ。瀬田川は京都府で宇治川となり、木津川と桂川と合流し、淀川となって大阪湾に注ぐ。京都市民の水道として供給する琵琶湖疏水と合わせて流れ出るのは2つだけだ。

「水、止めたろか」にまつわる議論は「昔からあった」と芳賀さん。江戸時代、瀬田川は支流の大戸川から流れ込んだ土砂がたまり、度々氾濫したため幕府を巻き込んで侃々諤々(かんかんがくがく)の議論が起きた。

住民が瀬田川のしゅんせつを願い出たが、幕府は下流地域の治水を理由に許可しなかった。しびれを切らした人々は独自に土砂をさらう工事に着手。結局、地元の村が3回、幕府が2回、工事をしたとの記録が残る。

大きな転機が「1896年(明治29年)の琵琶湖流域で発生した洪水」だったと芳賀さん。9月3~12日の豪雨で琵琶湖の水位は通常時よりも3.76メートル上昇、彦根市など周辺のほとんどが200日以上にわたって浸水した。県の記録によれば、床上、床下浸水は5万8千棟を超えたという。瀬田川沿いの西光寺(大津市)には洪水時の水位を示す石碑が建つなど各地に痕跡が残る。

その後、琵琶湖の水位や下流への流水機能を維持し周辺の洪水を防ぐため改良工事が施され、1905年に「南郷洗堰(あらいぜき)」が完成。61年には隣接地に瀬田川洗堰が築造された。それ以降「梅雨から台風の時期は水をためられるよう琵琶湖の水位を下げるなどの操作している」(芳賀さん)。

この瀬田川洗堰、国土交通省琵琶湖河川事務所によると61年以降、5回、全閉したことがある。2013年9月には台風18号に伴う豪雨で琵琶湖下流の洪水を防ぐため、41年ぶりに全閉した。

芳賀さんは「洗堰を長期間、閉じて琵琶湖疏水に流れる水を絞れば、琵琶湖からの水を止めることは可能」と話す。ただ、「琵琶湖に流れ込む水が増える。豪雨が重なったら湖岸地域の浸水は免れない」と指摘する。

琵琶湖河川事務所は明治の大洪水時と同じことが起きたと想定したハザードマップを作成、関係自治体を通じて住民に周知している。芳賀さんは「それと同じことが起きうる」と警鐘を鳴らす。「水、止めたろか」で滋賀県は、経済的にも計り知れないダメージを被ることになるのだ。

滋賀県民は琵琶湖をよく「マザーレイク」と呼ぶ。母への思いは滋賀県の人も京都府、大阪府の人も同じはず。お互いの立場を理解、仲良くしていくことが大事なのかもしれない。

(大津支局長 橋立敬生)

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