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サッカー日本、W杯でカギ握る「捨てる勇気」

サッカー日本代表が6大会連続のワールドカップ(W杯)出場を決めてくれた。来年6月にロシアで開かれる本大会の出場権を、もし逃すようなことがあったら、日本の"サッカー景気"に大きなダメージを与えていたはず。オーストラリアという難敵を前に「ここまで来たら、四の五の言わずにやるしかない」と奮い立った日本の選手たちの底力、地力にあらためて敬意を表したいと思う。

本大会出場を決めた8月31日のオーストラリアとのアジア最終予選は、舞台となった埼玉スタジアムの雰囲気が最高だった。41分に浅野(シュツットガルト)の先制点が決まる3分前に日本は「あわや」というピンチを迎えた。ヘルタ・ベルリンで原口の僚友であるレッキーのシュートが日本のDFに当たってコースが変わり、GK川島(メス)の手の届かないところに転がったのだ。シュートはポストにはじかれ、事なきを得たが、あれが決まっていたらオーストラリアは相当勢いづいたことだろう。

テレビの解説を担当しながら放送席の私が感じたのは、そのピンチの後で日本のゴール裏サポーターから放たれた、うなりをあげる「気」のようなものだった。選手一人ひとりの心に突き刺さるようなエネルギーというか。井手口(G大阪)から長友(インテルミラノ)にボールが渡り、長友のクロスを浅野が左足のボレーで決めた先制点は、窮地をしのいだ後のサポーターのゴールを願う気持ちに背中を押されて生まれたように感じた。

もちろん、サポーターの願いだけでゴールが生まれるわけはない。あの浅野のシュートは相当な練習量の裏打ちがあってのことだろう。浅野から見て、長友のクロスはカーブ回転で飛んできたけれど、えてして日本の選手は足を振って合わせ損ない、すかしたようなボレーになりがち。実は見た目以上に難しいシュートだったのだが、浅野は無駄な力を抜いて見事にゴールの隅に送り届けた。

独にはシュート力養う設備

あのシュートを見て思ったのは、ドイツ・ブンデスリーガのクラブにはシュート力を養う設備があること。野球のバッティングマシンみたいな機器が選手を囲むように東西南北に据えられ、そのどれかからボールが飛んでくる。と同時に「ここにシュートを入れろ」というランプが点灯する。選手はマシンから放たれたボールをシュートが打ちやすい場所に止めて、ランプがともった壁面の小さなゴールに蹴り返さなければならない。

オーストラリア戦で先制ゴールを決める浅野=共同

マシンから放たれるスピードは自在に調節ができるから、ボールスピードを上げれば難易度もどんどん上がる。ボールを止めてからシュートを打つまでの動作は映像に記録され、時間も計測されるから、瞬時の判断とワンタッチコントロールからのシュートをうまくコーディネートできない選手は一目瞭然。個々の選手の中での成長の度合いもシュートに至るまでの時間の短縮具合で簡単にわかるわけだ。

浅野の、あのシュートの背後に、そんな練習があったのかどうかはわからないが、とにかく、あの余裕さえ感じさせたシユートへのアプローチには相当な個人練習の地道な積み重ねがあることだけは確かだろう。

それはさておいて、オーストラリア戦はハリルホジッチ監督が中盤を長谷部(アイントラハト・フランクフルト)、山口(C大阪)、井手口のトリプルボランチで編んだことが、ことのほか効力を発揮した。

特に輝きを放ったのは井手口だった。Jリーグをあまり見ない方にとっては「ぽっと出」の選手に思えたかもしれないが、サッカー関係者の間では終盤でも足が止まることなく球際のところに強くいけるスタミナ、試合中のスプリント回数の多さで十分に知られた存在だった。手倉森監督(現日本代表コーチ)によって昨年のリオデジャネイロ五輪にも19歳の若さで選出されている。

日本で有能なボランチというと、トータルの走行距離は長いけれど、動き自体はゆったりしているタイプが多い。あちこちに顔を出してボールを引き取って配り直す、プレーメーカータイプである。井手口はそうではない。前にスプリントしてボールを奪い、その余勢を駆ってシュートを打てる位置まで侵出できる。右足にパンチ力もある。オーストラリアの心を折った82分の追加点は彼のそういう特長がすべて出たゴールだった。

前に詰める鋭さは先輩の山口に似ている。オーストラリア戦はこの2人に、膝の手術から劇的にカムバックしてくれた主将の長谷部を加えたトリプルボランチがボールの回収能力を存分に発揮して、ある意味、ゲームを支配できた。

「ある意味」と添えたのは、この試合、日本のボール所有率は38.4%と大きくオーストラリアに劣ったからだ。しかし、シュート数を見ると日本の15本に対しオーストラリアはたったの4本。試合を終始コントロールしたのは相手にボールを「持たれた」のではなく、「持たせていた」日本だったわけである。

ボール所有率と勝敗に因果関係

ハリルホジッチ監督に率いられるようになってから、日本代表のボール所有率と勝敗には、はっきりとした因果関係が表れるようになった。2016年9月1日のアジア最終予選初戦、黒星スタートとなったアラブ首長国連邦(UAE)戦の日本のボール所有率は60%を超えていた。勝ちはしたものの続くバンコクでのタイ戦、埼玉でのイラク戦もボール所有率は日本が上回った。イラク戦は追加タイムの山口の起死回生の決勝シュートがなければ引き分けて不思議のない試合だった。このころの日本は明らかに精彩を欠いていた。

試合の中身に良化の兆しが見えたのは昨年10月の第4戦、アウェーでオーストラリアに1-1で引き分けた試合からだった。ここから、連勝した11月のホームのサウジアラビア戦、今年3月のアウェーのUAE戦と、ボール所有率はすべて相手が上だった。そして8月のオーストラリア戦も。つまり、ハリルホジッチ監督のチームはボール所有率で相手に劣ったとき、中身の濃い試合をし、勝っているわけである。

それは就任以来、ハリルホジッチ監督が目指してきたサッカーでもある。目指したものを、W杯出場を懸けた大一番で実際に選手に表現させたのだから、監督としてその信念の貫き方は本当にすごいと思う。

日本に敗れたことが響いてB組3位に終わり、A組3位シリアとのプレーオフに回ったオーストラリアは、日本戦終了直後から相当な批判がポステコグルー監督に浴びせられたと聞く。日本が高い位置からボールを奪ってショートカウンターを狙っているのは見え見えだったのに、わざわざその眼前でパスをつなぐ攻めを繰り返したからである。いつまでもフィジカルに頼った戦い方では、アジアで王者になれても、世界の頂点を争う位置にまでたどり着けないという同監督の信念が、その愚直なサッカーの土台にあった。

この両監督の対照の妙はかなり面白い。ある意味でハリルホジッチ監督はボールを「捨て」にかかり、ポステコグルー監督は逆にボールを大事にすることに全力を傾けたように私には見えたからだ。

おそらく、ハリルホジッチ監督には、自陣深く引いて構えてボールを回収しても、DFラインからパスをつないで攻めるなんてことをしたら、途中でミスを突かれて逆襲を食らうだけという認識がある。日本より、はるかに高いつなぎの技術を持つブラジルですら昨年のW杯でビルドアップの穴を突かれてドイツに7失点した。そんなハイレベルな舞台でポゼッションなんかにこだわるのは愚かなことだと思っているのだろう。

全面的にというわけではないが、私も、W杯で日本が戦うとき、そういうリスクを極小化するにはボールの"捨て方"がキーになると思っている。ボールを捨てるのは絶対にショートカウンターを食らわないところで、が鉄則。それは相手陣内深くあればあるほどいいわけで、ボールは縦に大きく速く動かすのが原則になる。

勇気持って攻撃仕掛けてこそ

「捨てる」というと、「随分といいかげんなサッカーだな」と思われるかもしれない。私が言いたいのは「雑でいい」ということではない。捨てていいのだから勇気を持って攻撃にチャレンジしてくれ、という意味を込めている。前に立たれたから後ろにパスを下げて、そこを狙われて逆襲を浴びるくらいなら、勇気を持ってドリブルを仕掛けるとか、シュートに直結するようなスルーパスを狙って前向きにボールを失う方がいいということ。前向きにボールをなくしたら、捨てた自分が最初に拾い返す人になればいいのだから。

そういう意味でボールの捨て方が絶妙にうまいのは、ウルグアイとか南米勢に多いように思っている。取られた、奪われた、ではなく、ハナから自分で捨てたと思っているからか、ボールを何度なくしてもめげる様子がない。ウルグアイのスアレスやフォルランといった単騎でも繰り返し相手ゴールに迫ることをやめないアタッカーたちの不敵な面構えを見ていると、そんな捨てる勇気を感じてしまうのである。

オーストラリアはどこまでもボールを大事にした。ロングボールを「日本キラー」のFWケーヒル(メルボルン・シティー)めがけて蹴って、競らせた後のこぼれ球を狙う方が日本にはずっと脅威だった。が、それはボールを捨てることになると考えた。それはそれでハリルホジッチ監督とは形を変えた信念をポステコグルー監督も貫いたといえる。

そういうポステコグルー監督の愚直さを私は簡単にあざ笑うことはできない。あの試合の勝敗という短期的スパンで見れば、日本が嫌がることをしなかった采配は柔軟性に欠けたと責められてしかるべきかもしれない。しかし、10年後、20年後にオーストラリア流のポゼッションサッカーが完成するとしたら、W杯出場を懸けた試合でも貫いた、あの「8.31」の信念は美談の文脈で語られる可能性がある。監督に対する評価はそこまで長いスパンで見ないと軽々しくは下せないものなのだ。

注目すべきはオーストラリアのこの後のプレーオフの戦いだろう。シリアとやるアジア代表決定戦、W杯本大会出場を懸けた北中米カリブ海第4代表との最終決戦でも、あのつなぎのサッカーを貫くのか。貫き通してW杯出場を勝ち取ったら、それはそれで、とてつもない自信を得る可能性がある。逆に、土壇場になってロングボールを蹴るサッカーに先祖返りしたら……。あの日本戦の敗戦は何だったのかとなり、求心力を失うことになるかもしれない。

(サッカー解説者)

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