どこで活動してもミッションは変わらない
SVホルン 前CEO神田康範

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2017/9/25 6:30
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前にも書きましたが、私が来るまでのSVホルンはスタンドにVIPルームがあっても有名無実でした。選手の身内とか、VIP会員の友人のそのまた友人とか、誰でも彼でも入ってきていました。そういう「なあなあ」の状態はやめて、年間契約料の対価としてVIPルームを提供するようビジネスモデルを設計し直したら、とてつもない反発を食らうことになりました。

今から思うと、彼らの言い分もわかります。チケットの販売もグッズの販売もスタジアムの運営に携わる人はすべて地元のボランティアです。そんな小さな町のクラブにいきなりドライな経営を持ち込まれたら感情的にもなりますよね。そういうわれわれのやり方を嫌って違うチームのボランティアになる者もいたし、それでもSVホルンが好きだと言って残ってくれたボランティアもいました。

ウガンダでクラブチーム経営について話をする本田 (C)HONDA ESTILO

ウガンダでクラブチーム経営について話をする本田 (C)HONDA ESTILO

自分としては試合をするたびに赤字を垂れ流すような状況では困るし、黒字経営は環境的に不可能だとしても、少しでも利益が上がる方法、少しでも経費を削れる方法を考え出すのに必死だったのです。3部から2部に上がると当然経費はかかります。2部昇格でテレビ放送権料は確かに増えましたが、驚くほどの額ではない。むしろ、2部になるとリーグ当局からの「ナイトゲームのためのもっと明るい照明が必要だ」とか「雨にぬれないシートをどれだけ確保できているのか」といった注文がどっと増え、放送局側の要望でピッチの位置をずらすことまでしました。

クラブ経営、温度差を痛感

1軍、2軍用にピッチも6面整備しました。そういう2部仕様に適合するインフラへの投資が自分の仕事の最後の置き土産だったのかもしれません。

CEOといっても1、2年目は、地元の銀行マンの方が"共同会長"のような形で存在しました。われわれが3年前に出資を決めたときからSVホルンの会長職にあった人で、その人とは良好な人間関係を築いてきたと思っています。今年は、その会長が経営の先頭に立ち、われわれも彼の決定をあおいでいく形になりました。

今にしても思えばですが、今年くらいの余裕ある心持ちで最初からスタートしておけばよかったかなと後悔する気持ちがないではありません。われわれが持ち込んだ資金は現地の人たちをスポイルしたというか、クラブの財政やチーム強化がどうなろうが、「最終的には日本から来た連中が何とかするだろう」という雰囲気をつくったように思うのです。この2年間、われわれなりに精いっぱい頑張ったつもりですが、現地サイドの危機感は薄く、温度差を痛感することが多々ありました。

3部に落ちて提供する資金を減らし、それに合わせてわれわれが口出しを減らすと、今は現地サイドの人間にやる気が戻ってきました。この姿勢を最初から引き出せればよかった、そうすれば互いの力をもっと出し切れたような気もします。最初からお金の管理だけしっかりやって、運営はある程度現地の人間に任せた方がよかったのかな……。

それでも、率直に言って、いまだに何が正解なのかは私にはわかりません。

SVホルンを支援してくれているスポンサー企業や、われわれのプロジェクトに共鳴し集まってくれた選手のことを思うと、3部に降格したのは本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。選手人件費削減に合わせ、有力選手ほど放出しなければならなくなりました。

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