犬にも感情がある? MRIで迫る動物の脳、最前線

ペットは飼い主のことを愛しているだろうか――それとも彼らが愛しているのは、私たちからもらえるおやつの方だろうか?
その真相を解明するため、米エモリー大学の神経科学者グレゴリー・バーンズ氏は、イヌがMRI(磁気共鳴画像装置)による検査に耐えられるよう訓練を行った。これによって彼らがさまざまな刺激に反応する際の脳を調べることが可能になり、バーンズ氏はその驚きの結果を新著『What It's Like to Be a Dog(イヌになるとはどんな気分か)』にまとめている。(参考記事:「イヌが人懐こくなった理由 遺伝子変異でオオカミと差」)
バーンズ氏にくわしい話を聞いた。
――MRIを使った実験と、イヌの感情についてわかったことを教えてください。
5年ほど前、私はふと、もし自分のイヌがMRIに入れるようにしつけをしたなら、あの子が何を考えているのかがわかるのではないかと思いつきました。うちのイヌはカリーといって、地元の保護施設から引き取ったごく普通の黒い雑種です。
私は地域のトレーナーと協力して、イヌをMRIに入れるための訓練の詳細を決めました。まずやったことは、自宅にMRIのシミュレーターを作ること、そしてこの機械から出る大きな音に、カリーを慣れさせることでした。MRIの磁石が出す音を録音して家で流すのです。私がカリーと遊んでいる間、最初は小さな音で流し、徐々に実際のレベルまで上げていきました。2~3カ月、試行錯誤を繰り返しましたが、想像していたほど難しくはありませんでした。
MRIを使った実験は、シンプルなことから始めました。たとえば、ごほうびがもらえることと、もらえないことを伝えるハンドサインを教えました。サインを見せると、カリーの脳の報酬経路が活動していることが観察されます。この手法が有効であることがわかりました。
その後、地元アトランタでプロジェクトに協力してくれるイヌを探したのです。毎週日曜日に、MRIの講習会を開くようにしました。イヌを連れてきてくれた人たちにMRIの模型を渡し、家に持ち帰って訓練をしてもらうのです。1年ほどで20匹ほどのチームができました。
おかげで以前よりずっと複雑なこと、たとえばイヌの嗅覚システムの仕組み、イヌがにおいから人間や自宅をどのように認識しているのかといったことを探れるようになりました。
動物が感情を持つという概念は、科学者にとっては受け入れにくいものですが、イヌと暮らしている人の大半はこれを直感的に理解しています。人間は言語を持ち、さまざまな感情に愛、恐れ、悲しみ、罪悪感などの言葉を当てはめることができます。人間とイヌは別物と考えてしまいがちなのはそのためです。実験では、イヌのポジティブな感情を引き出すことによって、イヌの脳にも、人間の脳に対応する部位があることがわかってきました。(参考記事:「犬は人に『戦略的なウソ』をつく 実験で証明」)
――イヌと人間は、重要な脳の部位の構造・機能がよく似ていると示唆していますね。
はい、尾状核という部位です。大半の動物、特に哺乳類の脳には一般に見られる部位で、ここにはドーパミン受容体が密集していることがわかっています。ドーパミンは従来、快楽の神経伝達物質であると考えられてきましたが、実際の働きはもっと複雑です。
尾状核は、本人が何かを期待しているときに活動が活発になります。つまり何かが起こり、その情報にどう対処するかを自分で決めなければならないといった場合です。その情報がポジティブなものであるときには、尾状核は特に強い反応を示します。
イヌの脳でも、この尾状核が活発なときには、彼らが何か重要なことを経験し、しかもそれが彼らにとって好ましいことであると解釈できます。
言うまでもなく、イヌの脳は人間のものと同じではありません。おそらく最も大きく異なるのは、言語に関する領域でしょう。現在取り組んでいる中でも特に重要な問題は、イヌは実際のところ、われわれの言語をどれだけ理解しているかということです。(参考記事:「犬は飼い主の言葉を理解している、脳研究で判明」)
人間は言葉による命令を通じて、イヌにいろいろな芸や技術を教えることができます。しかしイヌが言葉というものを、他の何かを表すための記号であると理解しているのか、それとも人間の話すことを、より直接的なやり方で処理しているだけなのかはわかりません。おそらく彼らは、音と特定の行動を結びつけているだけであり、そこに抽象的な意味に対する深い理解はないのだろうと考えられます。
――ペットは飼い主に対して、ごほうび目当てではない「本当の愛情」を感じているのでしょうか。
これは食べものをもらうことと、単なる喜びを得ることとの違いに関連した問題です。
実験では、まずイヌに食べものがもらえるという合図代わりの物体を見せ、次に飼い主が目の前に現れて「いい子だね!」と褒めてくれるという合図代わりの物体を見せました。食べものよりも褒められることを好んだイヌも多少はいましたし、正反対の反応を見せたイヌもいました。しかし大半のイヌは、食べものと褒められることの両方に、同じ程度の反応を見せました。

――アシカの脳も研究されているそうですね。
イルカやアシカの場合、MRIの中に入れるよう訓練することはできません。ですからわれわれは、死んだ個体の脳をサンプルとして入手して脳内経路を調べ、人間や他の動物と比較しました。
アシカが興味深いのは、彼らがリズミカルなパターンに従う能力――わかりやすく言えば、ダンスができる能力を持っていることです。ある仮説では、柔軟な発声器官を持つ動物だけがダンスをする能力を持つと言われています。
アシカはさほど柔軟な発声ができるわけではありません。しかしカリフォルニアにいたあるアシカは、複雑なリズムに乗って踊ることができました。
こうした能力は、言語を通じて身に付くものだと考えられてきました。なぜなら言語自体がリズミカルなものだからです。しかし言語を持たないアシカのような動物に踊る能力があるということは、これが動物にとってより基本的な性質で、おそらくは人間が登場するよりもはるか昔に発達したものであることを示しています。
――絶滅したフクロオオカミの脳もスキャンしたそうですが、現代のイヌと比べてどんな違いがありましたか。
タスマニアタイガーとも呼ばれるフクロオオカミは、1936年に絶滅したと考えられています。姿はイヌやオオカミによく似ていますが、有袋類は1億年以上前に別の哺乳類から分岐したグループであり、実際にはイヌの仲間ではありません。
わたしの目的は、フクロオオカミの脳がイヌの脳と似ているかどうかを確かめることでした。残されている標本が少ないため苦労しましたが、最終的にふたつの脳をスキャンすることができました。その結果、フクロオオカミの脳はイヌのものと大きく異なり、タスマニアデビルやカンガルーといった他の有袋類に近いことがわかりました。
標本の分析によって前頭葉の相対的な大きさがわかり、彼らがどの程度の問題解決能力を持っていたか、また社会的だったかどうかをある程度推測することができました。フクロオオカミはイヌほど社会的ではなく、むしろかなり非社会的だったようですが、前頭葉内部の連結を見ると、問題解決能力はかなり発達していたことがわかります。ペットにはまったく向いてないでしょうね(笑)
――大型動物の脳の3次元復元を行う団体を設立するそうですね。
「ブレイン・アーク」というこの団体の目的は、大型動物が地球上から姿を消す前に、脳のデジタルアーカイブを作っておくことです。(参考記事:「動物たちを記録して守る『写真の箱舟』 絶滅する前に」)
われわれが今、再び大量絶滅の時期に入ろうとしている可能性が高いことは、多くの科学者が認めています。これはひとつには気候変動の影響ですが、人間が開発などによって動物の生息域を減らしてきた結果でもあります。
大型動物の脳を研究することにより、なぜ特定の種が他の種よりも絶滅しやすい傾向にあるのか、逆になぜ他の種は生き延びるのかを解明したいと考えています。
――イヌの脳研究のこれからの課題を教えてください。今回の研究で、動物への接し方は変わりましたか。
イヌのプロジェクトでは、彼らが学習する仕組みをより詳しく研究する予定です。イヌが実際に学習しているときに、MRIで神経経路がどう変化するかを調べていきます。この研究はイヌと一緒に暮らし、彼らを訓練し、問題行動への対処の仕方を探るうえで大いに役立つでしょう。
わたしの生活への影響はまず、以前よりもたくさんのイヌが家の中にいることです(笑)。また仕事がある日の大半は、イヌと一緒に過ごしています。
今回の研究のおかげで、動物の内に秘められた性質をより深く理解し、彼らはたとえそれを表す言葉を持たなくとも、人間とよく似た感情を持っていることを実感しました。彼らは言わば「人類ではない人間」なのです。(参考記事:「犬は人が思っているよりもずっと『人間らしい』」)
(文 Simon Worrall、訳 北村京子、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2017年9月13日付]
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