2017年12月14日(木)

日本式高専、「産業立国」モンゴルに丸ごと輸出

2017/9/12 6:30
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 10代の若者を濃密な5年間の技術教育で一人前に育て上げる高等専門学校(高専)。50年超の歴史のある教育システムに近代化を目指すアジアなどの新興国から熱い視線が注がれ、日本流高専の「輸出」が始まっている。「高専に任せろ第4部 アジアでもKOSEN」は産業立国を目指すモンゴルに開かれた高専の初代校長の志半ばにして急逝した物語から始まる。

 その悲報が取材班の元に届いたのは8月中旬だった。「新学年の9月からは4年生が誕生し、専門教育が佳境を迎える。今が大事な時期だ」。7月下旬に固い決意を語ったばかり。モンゴル科学技術大学付属高専、ガンバヤル校長の訃報だった。45歳だった。

 同氏は1992年に高専留学第2期生として国費で東京高専に入学。電気工学を修めた後は20年間、技術者としてソニー富士通などのプロジェクトで働いた。充実した日本生活だったが、去来するのは母国の近代化への思いだった。

 資源大国ではあるがそのまま輸出し外貨を稼ぐモンゴル。日本は資源を輸入・加工して製品化までこぎ着ける。付加価値の創出だ。それは戦後、日本の近代化の歩みでもある。「母国に優れた技術者がいれば日本のようになれる」

 同氏だけがそう思っていたわけではない。モンゴルで技術者育成の機運が高まったのは今から10年ほど前。日本の高専で学び、卒業後は日本企業で働いた多くの高専留学生OB・OGが母国に思うのは「日本式の高専を創設し、産業立国に貢献すること」だった。そして「コウセンクラブ」を立ち上げ「日本式高専をモンゴルに」を合言葉に活動を始めた。

 これに日本の高専関係者が共鳴し「モンゴルに日本式高専を創る支援の会」を2009年に発足。ガンバヤル氏も理事に名を連ねた。そして国際協力機構(JICA)の協力も得ながら国立高等専門学校機構などが高専のモンゴル輸出の絵を描く。高専の教授を派遣し、日本では視察を受け入れ交流を深めた。

 偶然にも恵まれ思いは急速に一気に実現する。高専出身のガントゥムル氏がモンゴルの教育文化科学相となったからだ。そして14年にモンゴル科学技術大、モンゴル工業技術大のそれぞれの付属高専と、新モンゴル高専の計3校が誕生した。高専を「КООСЭН」と表記し、そのまま「コーセン」と呼ぶほどだ。

電子回路の設計について学ぶ生徒たち(モンゴル工業技術大付属高専)

電子回路の設計について学ぶ生徒たち(モンゴル工業技術大付属高専)

 なぜモンゴルが高専に目を向けたのか。それは現在の経済力(16年の1人当たり国内総生産=GDPが3686ドル)が日本の高専卒業生が産業界で活躍し始めた時期(1973年の3977ドル)と重なるからだ。歴史の必然だ。

 6月、高専機構と教育・広報分野で提携した首都ウランバートルのバトボルド市長は「日本の高専教育システムが高度経済成長を支えたと聞いている。国の人口の半分が居住するこの市は、衛生的な住環境を整備するためにも技術者育成が急務だ」と話す。国づくりに燃える指導者たちが40年前の日本の風景を再現しようとしている。お手本があるから最適経路に違いない。

 高専機構は提携に先立ち昨年、同市に事務所を開設。モンゴル側の代表を務めるのが市議会議員のバイガルマ氏だ。バイガルマ氏は91年に東京高専に留学、急逝したガンバヤル氏の1年先輩にあたる。東京農工大を経て、米ハーバード大でも研究者として勤務したが母国に高専ができると知り、2014年に帰国し高専発展に一肌脱いだ。

 同氏によると繊維、食品、建築などの経営者から「技術とマネジメントの両方がわかる工場長が不足している」と言われるという。理論と実践の両立は高専が得意とするところ。期待は高まる。

 では実際どんな若者が育っているのか。モンゴル工業技術大付属高専を訪ねた。学生数は1学年約50人。日本の高専の4分の1。黒板や机など教室内の風景は日本とそっくり。工具や実験器具は日本の高専や企業などから送られたものだ。

 機械科の新4年生、ムングンオチル君(17)は将来、自動車の修理工場を開くのが目標だ。卒業後は自動車部品の製造工場で働きたいという。建設学科で同学年のナサンジラガル君(同)は建築や機械に幅広くたずさわるエンジニアを目指している。近代国家の基礎作りの人材だ。

 同高専では昨年、バイオ科の専攻が始まった。セルゲレン校長は「牧畜が盛んだが乳製品の多くが輸入品だ。製造、冷蔵輸送などに詳しい技術者を育てたい」と話す。強力な輸出品にもなるはずだ。

 この高専の特徴は日本人教員の多さだ。5年の長期や2週間の短期を合わせて20人の日本人教師がいる。専門も溶接やCAD(コンピューターによる設計)など多様だ。校長は「日本の先生のすばらしさは学生に失敗しろと言うところ」と言い切る。失敗こそがものづくりの要諦であることを肌で感じているからだ。これぞ日本の高専の真骨頂だ。

 改めてガンバヤル氏に戻ろう。校長だったモンゴル科学技術大付属高専は土木建築や機械などの3学科があるが、同氏は「情報工学など新しい学科を来年にもつくりたい」と抱負を語っていた。日本の高専は土木、機械、電機、情報など産業界の要請とともに新たな学科を加えてきた歴史がある。同氏はモンゴルでも同じ流れになることを肌で感じていたのだ。

 卒業後の生徒たちのために「日本を手本に、就職を支援する企業団体をつくった」。いわゆるインターンシップ(就業体験)で就職を意識したものだ。現在は建築会社が中心で「機械や通信など多くの業種にメンバーになってもらいたい」と話していた。

 そしてガンバヤル氏には母国をアジアの技術研修のハブとする壮大な構想を胸に秘めていた。モンゴルは日本、東南アジア、インドなどアジア各地と飛行機で6時間ほどの距離にある。アジアに高専の仕組みが普及し、卒業生・在校生・教師の技術教育の需要が高まれば、モンゴルに研修センターを建設したいと考えていた。「5年か10年後かに実現できればいい」と笑って話していたのが印象的だ。その遺志はすでに動き出している。

カシミヤ製品の品質向上にも高専卒業者の貢献が期待される(ウランバートル市内の店舗)

カシミヤ製品の品質向上にも高専卒業者の貢献が期待される(ウランバートル市内の店舗)

 高専を卒業した技術者が活躍の場を広げるのに、昨年6月に発効した日本とモンゴルの経済連携協定(EPA)がバネになると期待されている。高い技術力を生かして商品の品質を高めることが、輸出競争力の向上に欠かせないからだ。

 モンゴルにとっては初めてのEPA。これまでは日本をはじめとする諸外国からの支援に頼ってきたが、輸出拡大が軌道に乗れば経済自立に一歩近づく。

 ガンバヤル氏も「EPAが日本への輸出拡大の起爆剤になるはずだ」と期待していた。「モンゴルにはカシミヤなどの原料はあるものの、繊維加工などの技術がない」ことが悩みだったが、EPAを機に日本のアパレル関連の中小企業からモンゴル進出に関心が寄せられるようになった。「高専で技術者を育てれば、そうした需要に応えられる」と話していた。

 EPAではコートなどのカシミヤ製品をモンゴルから輸出する際の関税もなくなった。カシミヤなど繊維衣料製品は対日輸出の15%ほどを占め、資源に次ぐ産業だ。加工技術を向上させ、より高品質の衣料品を作ることが、モンゴルの輸出競争力の向上に直結する。

 日本貿易振興機構(ジェトロ)によると、16年のモンゴルの日本からの輸入額は3億3016万ドル(約360億円)だった。自動車関連がその大半を占める。EPAでは日本から輸入する新車や自動車部品の関税がなくなるため、さらに販売が拡大する見込みだ。

 一方で、モンゴルから日本への輸出額は1403万ドルと輸入の20分の1にとどまる。輸出の約8割を石炭や鉱物などの資源が占める。モンゴル政府はEPAによって輸出品の多様化を目指す。

 モンゴルの輸出の8割は中国向けだ。バトトルガ新大統領は7月の大統領選で中国依存の経済からの脱却を掲げて当選した。日本とのEPAと高専を通じた技術者の育成をうまくかみ合わせることが、モンゴル経済を新しい段階に押し上げるテコとなる。

(企業報道部 安西明秀、編集委員 田中陽)

[日経産業新聞 9月12日付]

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