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ベースボールの一部? レ軍のサイン盗みの波紋

スポーツライター 杉浦大介

米大リーグで「サイン盗み」が大きな話題になっている。5日付のニューヨーク・タイムズ紙(電子版)が「レッドソックスが8月18~20日のヤンキースとのシリーズで(腕時計型端末の)アップルウオッチを使用して相手捕手のサインを盗み、選手に伝えていた」と報道。大リーグ機構(MLB)の調査の結果、レッドソックス側も行為を認めたことから話は大きくなった。この問題についてMLBは厳格な処分を下すのか。そもそもメジャーではサイン盗みはどの程度の"悪事"なのか。

ニューヨーク・タイムズ紙をはじめ、多くの米メディアが伝えたところによると、レッドソックスのサイン盗みは実に多くの段階を踏んで行われていた。

まずはビデオ担当者が映像から相手捕手の出したサインを解読し、それをダッグアウトにいるトレーナーのアップルウオッチに送信。トレーナーはそれを自軍選手に伝え、選手が二塁走者に暗号のような合図で伝達する。さらに二塁走者が打者に独自のジェスチャーを示し、ここでようやくサイン盗みが完遂することになる。

「これだけの作業をよく1球ごとに迅速にできるものだ。素早い間隔で投げてくる投手に対した場合、伝達が間に合わないこともあるのではないか」

問題が発覚後、筆者の周囲の記者たちの間では、まるで映画のような手の込んだやり口に感心しているものも多かった。

しかし、MLBでは電子機器を使ったサイン盗みはルールで禁止されているだけに、実際に対戦するチーム側は笑ってはいられない。

ライバル同士の泥仕合の様相

8月中旬のレッドソックスとのシリーズ後、かねて不正行為を疑っていたというヤンキースのゼネラルマネジャー(GM)、ブライアン・キャッシュマン氏が証拠の映像とともにMLBに訴えた。MLBの調べに対し、レッドソックスもアップルウオッチを利用しての伝達行為を認めたという。ただ、9月上旬時点でこの問題に対する処分は発表されていない。レッドソックスもヤンキースが自前のテレビ局「YESネットワーク」のカメラを使ってサインを盗んでいたと逆に訴えるなど、メジャーが誇るライバル同士の泥仕合の様相を呈し始めている。

この問題は米国内でもかなり大きな話題にはなったが、問題視されたゲームでのレッドソックスの勝利を無効にするような大きな処分が下されることは考え難い。また、多額の罰金、ドラフト指名権の剥奪といった厳重な罰則が下されるかどうかも微妙というのが一般的な意見である。

「個々の試合にどれだけのインパクトを与えていたのかを知るのは難しい」

5日、ボストンのフェンウェイパークで記者会見に臨んだMLBのコミッショナー、ロブ・マンフレッド氏は地元メディアにそう語ったと伝えられている。

ヤンキース戦で二塁走者を置いた場面のレッドソックスの打撃成績
7月16日までの9試合43打数2安打
8月11~13日
(ヤンキースタジアム)
23打数5安打
8月18~20日
(フェンウェイパーク)
24打数9安打
8月31~9月3日
(ヤンキースタジアム)
22打数0安打

その言葉通り、レッドソックスが実際にどのゲームで、どのくらいの頻度でサイン盗みの行為をして、どの程度のアドバンテージを得ていたかを断定するのは不可能だろう。6日の米スポーツ専門チャンネル「ESPN」に掲載された数字を参照すると、8月18~20日の成績だけが飛び抜けていると見ることはできる。ただ、これにもサイン盗みがどれだけ影響していたかは特定はできない。

「どの球団もやっている」

さらにいえば、サイン盗みに関しては一般的にメジャーでは「どの球団もやっている」という認識がある。マンフレッド・コミッショナーも「ベースボールの一部」とコメントしていた。あるチームが取り組んでいるといった噂は毎年のように聞こえてくるもので、特に2011年まで5年連続でナ・リーグ東地区を制覇したころのフィリーズはサイン盗みが得意なチームと言いはやされた。「彼らは本当にうまくやってのけるんだ」と球団の担当記者がこともなげに語っていたこともある。

「フィリーズで過去にプレーした選手から、二塁走者がサインを伝えていたと聞いたことがある。そんな噂はよくささやかれていたよね」

10年に当時はメッツの先発投手だったマイク・ペルフリー(現ホワイトソックス)がそんなコメントを公に残したことがあった。実際にフィリーズのサイン盗みは「公然の秘密」という感があったが、結局は処分されることはなかった。メジャーには「盗まれる方が悪い」と公言する選手もおり、そういった考え方はほぼ一般的に浸透している。そもそもわかっていても必ずしも高い確率で打てると決まったわけではなく、混乱を避けるため球種は事前に知りたくないと語る選手も少なからずいるという。

その一方で、今回のレッドソックスの件に関しては「MLBはより厳しい対応をすべきだ」と考えるメディア関係者が存在しないわけではない。なぜなら、アップルウオッチという最新のテクノロジーを使用して行われたからだ。

前述通り、サイン盗みは「ベースボールの一部」(マンフレッド・コミッショナー)とはいえ、カメラ、双眼鏡などの機器を使用するのは常におきて破りと考えられてきた。そして、01年以降はダッグアウトでの電子機器使用は公式にルール違反にもなった。それに対する違反を許容してしまっては、いずれ本当に歯止めが効かなくなりかねない。テクノロジーの急速な進歩と相まって、さらに独創的なサイン盗みが可能だろう。

「球種を特定しようという行為がエスカレートしてほしくない」

コミッショナーのそんな言葉には、サイン盗み一つをとっても、ベースボールのオールドファッションな趣を保ってほしいという意思があるに違いない。

相手投手の癖を見抜くなど自らの目で球種を見極めるのはいいが、テクノロジーを利用すべきではない。そんなメッセージを胸に、MLBがどんな対策を打ち出すかは興味深いところだ。現実的には今回のレッドソックスの処分は罰金程度で終わるはずだが、今後、ドラフト指名権剥奪などさらに厳しいルール、措置を準備するのかどうか。

投手・捕手にヘッドセット着用案

ニューヨーク・デイリー・ニューズ、バーゲン・レコードといったニューヨーク地元紙のコラムニストたちは「サイン盗みを許さないために投手、捕手にヘッドセットの着用を許すべきだ」という論調を展開していた。米プロフットボールNFLのように、選手間で音声での通信が可能になればサイン盗みは難しくなる。ヤンキースのジョー・ジラルディ監督もこの案をかねて提唱している。

近年のMLBはビデオリプレーの使用枠を拡大するなど、テクノロジーの導入に否定的ではない。だとすれば、斬新にすぎるようにもみえるこのアイデアが、遠くない将来に採用されることもあり得るのだろうか。

「サイン盗みはベースボールのアート」。これまでサイン盗みはそのように形容され、否定的には捉えられてこなかった感がある。しかし、テクノロジーの進歩とともに"芸術"は姿を変え、その対策が論議され始めた。今夏に降ってわいたようなレッドソックスのサイン盗み問題は、この先の重要な変化につながる可能性もありそうだ。

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