女性の昇進意欲 年収など管理職の魅力伝え、背中押す
東京大学大学総合教育研究センター 中原淳准教授インタビュー(後編)

「女性活躍推進」の中でも特に大きな課題となっているのは、仕事と育児の両立です。ワーキングマザーの数は年々増加しており、「長く働き続けたい」という意欲を持っています。男性の年収が伸び悩む中で、「経済的にも働きたい」人も増えている。ところが、仕事と育児の両立はそう簡単なことではなく、約7割のワーキングマザーが「両立できていない」と感じています。いわゆる「ワンオペ育児」に悩む人も少なくありません。本来、夫婦でうまく分担して「ワンオペ育児」を「チーム育児」に転換しなくてはならないのですが、それがままならない状況があるのです。
ワーキングマザーたちが育児をしながら、仕事で着実に成果を出していくには、どのようなことが必要なのでしょうか。前編の「女性の意識が低いは嘘! 『昭和の価値観』が最大の壁」に引き続き、東京大学大学総合教育研究センターの中原淳准教授にお話を伺いました。
女性社員が昇進意欲を持つには
白河桃子さん(以下、敬称略) 今回の調査発表に引用されていましたが、「みんなのウェディング」が2014年に実施した調査によると、女性が結婚後も働きたい理由の第1位が「収入を得たい」で、64.5%も占めていることが意外でした。17.7%は「社会とつながりを持ちたい」と思っています。女性の意識がこのように変わってきたことは、素晴らしいと思います。

中原 この数字の中には「働きたい」という思いと、「働かざるを得ない」という状況が混在しているような気がします。年功序列が見直され、成果に応じた給与制度が広がっていますから、男性も役職が上がらないと収入が増えなくなったことが大きいでしょう。また、非正規雇用の割合が増えたこともあります。この意味では、女性は「働かざるを得ない」状況にあるとも言えますね。ただ100%「働かざるをえない人ばかり」かというと、そうでもない。その中には「自分の仕事で食べていきたい」とか「社会と接点を持ちたい」という思いも混在するのではないでしょうか。
ちなみに、公的な賃金調査によると、女性が実務担当者の場合、年収は平均で約460万円。リーダーに昇進すると、約600万円です。150万円ほども差があります。同じ職場で長く働き続ければ、当然のことながら、後輩社員の指導や部下の管理をする役割を担います。すると、年収も増えていきますよね。今後、女性の平均年収は上がっていくと思います。

白河 ただ、今回の調査結果を見ますと、多くの女性は自ら希望して管理職になったのではなく、上司に説得されることが必要だということですよね。やはり、女性は「昇進するのが普通だ」とは思っていないのではないでしょうか。

中原 先行研究でも、我々の調査でも確認できていることですが、リーダーや管理職に昇進した女性には「じゃま」が入ることや「妬み」を買われることがあります。そういうものを考えると、やはり管理職に昇進するときには、それなりの「覚悟」が必要なのではないでしょうか。ちなみに、今回の調査は、実務担当者、リーダー、管理職と3つの職位に分けています。女性の昇進意欲は、リーダーと管理職との間にはそれほどギャップはありませんでしたが、実務担当者とリーダーの間には明確な差があった。ここに「大きな谷」が存在するのです。いったんリーダーになってしまった人が、管理職になることには、まだギャップは少ない。しかし、実務担当者からリーダーに昇進するときには、それなりの覚悟がいるということですね。
女性社員に管理職への意欲を持ってもらうには、入社後、さまざまなかたちで、自分の仕事や働き方について考えてもらう時間も必要でしょう。昇進すればどれほどの収入が得られるのか、長い間働き続けるためにはどのようなスキルや能力が必要なのか、将来のキャリアに関する正しい見通しを示していくことが必要でしょう。
白河 カルビーの松本晃会長が、「男性は地位が好き、女性は意外とお金が好き」とよくおっしゃっていたことを思い出しました。管理職の年収がもっとぐんと高かったら、女性は積極的に昇進するに違いないと。その点も含めて、会社は女性社員たちにキャリアの展望を年収も含めしっかり示すべきだということですね。
中原 日本の管理職は、業務量が多い割には年収が高くない傾向があります。管理職の魅力を高めていかなければ、昇進を希望する人は誰もいなくなるでしょう。
管理職が抱えなければならない負荷は、この20年で大幅に増えているのです。それに見合った処遇や給与が必要です。この20年で、職場のダイバーシティー(多様性)は格段に高まりました。働き方も、雇用形態も、場合によっては、国籍すら一様ではなくなっています。具体的には、職場の中は、育児をしている人、介護をしている人、非正規雇用の人など、多様化が進んでいます。

白河 そうですね。既に働く人は一律から多様になっている。しかし働き方のメインロードは一律のままになっています。
中原 しかし「多様性」というのはもろ刃の剣です。よく「多様性」というと、手放しで「よきもの」と考えがちですが、そうではありません。「多様性がイノベーションやアイデア創出につながること」もありますが、反面で「多様性」は「混乱」や「組織内のカオス」も生み出してしまいます。つまり、人を集めても、バラバラになっていく状態が増えてしまいがちであるということです。そういった状況に対応するために、現場のマネジャーはマネジメント力を強化していかなければなりません。
僕は、「ダイバーシティー」の対になるのは、「現場のマネジメント力の強化」「マネジャーという仕事の魅力を高めること」だと考えています。それがなければ、ダイバーシティーによって、現場はバラバラになってしまいますよ。
働く母には長時間労働の是正が必須
白河 中原先生の調査結果の中に、ワーキングマザーたちは成果を出すために、時間内で仕事の効率を高める努力をするとか、仕事を前倒しするといった工夫をしているとありました。職場のみんなが「働き方改革」でやるようなことを、ワーキングマザーたちは「ひとり働き方改革」で実践していたんですね。
中原 でも、それだけでは限界があります。「自分で頑張るモード」には限界もあるんです。ただでさえ、家の中でも「ワンオペ育児」なのですから。自分で直接同僚に仕事を頼んだり、上司に頼んでチームのみんなに業務を振り分けてもらったりといった、「他人を頼るモード」も必要です。そして「他人を頼ること」が可能になるためには、日々、管理職が、職場の助け合いを評価したり、促したりしなくてはなりません。これが「ペア」にならないと、ワーキングマザーの働きにくさは、変わらないのかと思います。
さらに、管理職の方々に伝えたいのはワーキングマザーに成果を出してもらうために必要なのは、「成長の機会」を与えてあげることだということです。
白河 日本の職場では、ワーキングマザーは厳しい状況に陥りがちですね。ワーキングマザーは時短になると、昇進の道が閉ざされてしまいますし、収入も半分くらいに減ってしまいます。当然、モチベーションも落ちます。これを「労働時間差別」という問題と捉えています。
でも、時短をやめた瞬間に長時間労働になると思うと、時短をやめることもできません。だからこそ、働き方改革で長時間労働を是正しなければならない。しかし、そう言うと、「足の遅い人に合わせるということですか?」とよく聞かれるんです。
中原 日本はこれからも人材不足が続きます。長時間労働を是正しなければ、人材が集まりにくくなるのです。実際、既に新卒市場では、労働環境が悪いというレピュテーション(評判)のある企業に人が集まらない傾向が生まれていると聞きます。また優秀な外国人が日本企業で働きたくない理由のトップは、長時間労働であるという調査結果もあります。
育児や介護など、今は「訳」があってフルタイムで働けない人にも、うまく時間調整をして働いてもらうように仕組みを整えていかなければ、未曽有の人材不足時代を乗り切ることはできません。
つまりこれは、「足の遅い人に合わせる」というレベルの問題ではなく、経営課題なんです。
人工知能(AI)などを導入することで対応できるという人もいますが、技術者や研究者と話をすると否定的です。AIを導入したとしても、実際にカバーできるのは、全職種のうちほんの一握りです。また、AIを導入するコストをかけるくらいなら、人がやったほうがコストがかからない領域が多い。
やはり、今いる人たちに長く働いてもらうことから逃げていたら、経営が成り立たないのだと思います。
白河 「女性はやる気がないから、管理職を打診してもダメだ」ではなくて、会社はそうした労働環境で苦しんでいる、女性の問題にちゃんと向き合っていかないといけないのですね。
「pay for performance」を徹底する
中原 私たちはいったい何から始めましょうか。
白河 対策として、まずは環境づくりだと思います。中でも大切なのは、時短社員を助ける人たちをきちんと評価する仕組みを作ることです。実際、ワーキングマザーたちから「私たちをカバーしてくれる人をちゃんと評価してほしい」という声が上がっています。しかし、営業などの職種では、個人に数字がついていますから、評価する仕組みの導入がうまくいっていないのが実情です。
中原 助けてくれる人たちを評価するためには、現場のマネジャーがしっかりとその働きを把握していかなければなりません。だから、現場マネジャー力の強化が課題になると申し上げたのです。
マネジャーの仕事は、結局のところ、「任せること」と「評価すること」しかありません。多様性が高くなると、個別に目標を設定したり、仕事を任せたり、評価したりといった業務が必要になります。こまめにヒアリングもしなければなりません。マネジャーにとっては大きな負担になるでしょうが、これをやらなければ、成果を出せるワーキングマザーは増えていきません。
しかし、マネジャーだって忙しい。まずはマネジャーの仕事の魅力を高めることが必要です。働きがいに合った給与の見直しを進めていかなくてはなりません。場合によっては、マネジャーについて、役割を再定義することも進めるべきだと思います。今、この国のマネジャーは「プレイングマネジャー(Playing Manager : プレーヤーの要素のあるマネジャー)」を通り越して「マネジングプレーヤー(Managing player : マネジメントを片手間で行うプレーヤー)」になっています。マネジメントにかけられる時間を増やすように、仕事の再定義を行うようにしていかなければ、マネジャーの体力や気力が持たないと思います。
これと同時に、人事体制も改めなければなりません。今までは、一律にこの年齢でこの職位だったら、この給与になるという制度でしたが、これからは「pay for performance」にする。自分がやったことに対して対価を得るというかたちを徹底していかなければ、どこかで必ず不平等が生じるのです。ワーキングマザーの仕事を手伝ってくれた人には、ちゃんと対価を支払う。そういう個別管理の時代がもうそこまで来ています。
白河 個別管理の人事評価時代になっていくんですね。
中原 そうです。そのためには、現場のマネジメント力を徹底的に強化していくことが必須です。

あとがき:女性が「意識が低い」『昇進する気がない』という定説があります。これに対して、『環境が要因』としっかりエビデンスをくださった中原先生。ありがとうございます。
働き方改革は「女性活躍」や「ダイバーシティー」と同じように、政府から押し付けられた課題と思う経営者も多いのですが、これは同列ではありません。「女性活躍」や「ダイバーシティー」など、今まで進まなかった課題を集約したものが働き方改革です。働き方改革を本気ですすめていけば、女性活躍やダイバーシティーという課題はおのずと解決していきます。
今までうまくいかなかったのは「女性」だけで何とかしてもらおうという働きかけだけだったから。女性に対しての働きかけだけでなく「環境」への働きかけも同時にやらなければならない。そして「長時間労働を是とする空気」や「評価」がいちばん女性の昇進意欲にブレーキをかけることもはっきりと表れています。「労働時間」に私たちは無頓着すぎた。今働き方改革で「時間資源」に向かい合うことが女性活躍の一番の処方箋なのです。
しかし全体の働き方をいじってまで女性に活躍してもらわなくても……と思う経営者もいるはず。経営課題ですから、やるもやらないも自由。見せかけの女性活躍に翻弄されるのは女性です。本気でやる気のない企業は、そろそろ「うちは女性は活躍はできません」とスタンスを明確にしてほしいものです。

(ライター 森脇早絵)
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