2019年3月23日(土)

引退馬のキャリア支援 中央競馬調教師・角居勝彦(下)

2017/9/10 6:43
保存
共有
印刷
その他

国内では毎年、約7千頭のサラブレッドが生産される。ただ競走馬としてデビューしてもレースで実績を上げ、種牡馬などの繁殖馬になれるのは一握り。競争に敗れた馬は引退後、行方不明になったり、殺処分されたりするケースも多い。

名馬を数多く育てた調教師の角居勝彦だが、敗者となった馬たちのその後も常に気にしていた。明るい未来が無いことはわかっているから、競馬界では「馬の引退後は深く追わないのが暗黙の了解」。それでも角居は一歩を踏み出した。引退馬が幸せな未来を過ごすためのセカンドキャリア支援を昨年春から始動させた。

「引退馬が生きがいを持てるよう、支援の輪を広げたい」と意気込む

「引退馬が生きがいを持てるよう、支援の輪を広げたい」と意気込む

「サンクスホースプロジェクト」と名付けたこの取り組みでは、引退後の競走馬を再調教し、乗馬としての能力を身につけさせ、各地の乗馬クラブや牧場に引き受けてもらう。障害者などの心身の機能向上を目指す「ホースセラピー」など、福祉分野での活用も視野に入れる。プロジェクト所属馬の所在を管理、公開し、行方不明となるのを防ぐ。

ファンクラブ設立、最調教めざす

肝は再調教期間の資金の確保だ。プロジェクトの一環として引退馬のファンクラブを設立。賛同する競馬ファンに月1千円の会費を払ってもらい、再調教の費用に充てる。加えて指定したプロジェクト所属馬を一口4千円(月額)で支援できる、引退馬の「一口馬主」ともいえる仕組みを取り入れた。引退馬と気軽にふれあえるなどの特典も付く。

勝つための闘争心や瞬発力を鍛えられた競走馬を乗用馬にするには、扱いやすくするための再調教が欠かせない。だがこれには数カ月が必要。馬1頭を維持するには月に10万円単位の費用がかかるから、再調教期間だけでも多額のお金がいる。これが引退馬が殺処分されてしまう最大の要因だった。その期間の資金を手当てし不幸な馬を減らそうとの考えだ。プロジェクトを通じ、ここまで45頭ほどの引退馬を支援してきた。

この問題に取り組む角居の原点は、北海道の牧場で働いていたころの経験だろう。角居は石川県金沢市の競馬に全く縁の無い家庭で育ったが、「動物に携わる仕事に就きたい」と、高校卒業後、牧場に就職した。ある日、幼い馬が放牧地の穴に脚をとられて骨折し処分された。「人間だったら骨折で死ぬことは無い。ショックだった。馬がより良い生涯を送れるよう、できる限りのことをしなくては」との思いを強くした。

角居は「引退馬たちが生きがいを持てるよう、支援の輪を広げたい」と意気込む。6月にはプロジェクトが中心となり、引退競走馬限定の馬術競技会も開催。新たな取り組みで引退馬の活躍の場を広げている。

「信念のある、ぶれない人間」。角居が調教助手時代に師事した調教師、松田国英の角居評だ。「昔から一度決めたことは決して投げ出さなかった。彼なら調教師としての活躍と引退馬支援の活動をうまく両立させるはず」。角居の実行力に多くの馬の幸せがかかっている。(敬称略)

〔日本経済新聞夕刊9月6日掲載〕

保存
共有
印刷
その他

電子版トップ



[PR]

日本経済新聞社の関連サイト

日経IDの関連サイト

日本経済新聞 関連情報