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増田明美さん「選手は競技者である前に人間です」

サッカー元日本代表・岩政大樹が聞く

 元サッカー日本代表の岩政大樹(35)は今季、関東リーグの東京ユナイテッドでプレーしながら、原稿の執筆やサッカー中継の解説に携わっている。そこで今回の対談では、元マラソン五輪選手でスポーツジャーナリストの増田明美さんに解説者の心得を尋ねた。
増田さん(右)に解説者の心得を尋ねた

増田 選手を続けながら、サッカーの解説など幅広く活動していますね。

岩政 解説では選手の心理に迫って、ピッチの中でどういうことが行われているのかを伝えるように心掛けています。「PITCH LEVEL(ピッチレベル)」(KKベストセラーズ)という本でも、選手目線でサッカーというゲームの中身を描いたつもりです。増田さんのマラソンの解説は他の人とは一線を画していて、選手の心理を扱っていると感じます。だから、どうしてもお話をうかがいたいと思っていました。

引退してから気づいた奥深さ

増田 選手を続けながらメディアの活動をするのはとてもいいことだと思います。競技をやめると、それまで研ぎ澄まされていたものが鈍ってしまいます。だから、私は取材に頼るしかないと考えました。現場に行って選手や指導者の話を聞いていると、現役時代に体の中で紡いできたものを思い出します。取材は大事ですよ。取材によって文章にパワーが出るから。私はとにかく取材が好きで、選手になっていなかったら新聞記者になっていたんじゃないかと思うくらいです。選手や指導者に話を聞いてメモを取っている時間が楽しくて、マラソンってこんなに奥深いものだったんだと引退してから気づきました。

岩政 増田さんの解説は選手のパーソナルな部分に迫っていますよね。

増田 私は永六輔さんの影響を受けているんです。引退してラジオのパーソナリティーの仕事をもらったときに、永さんのようになりたいと思って、訪ねていきました。ラジオは映像がないのに、永さんが語るとすべてが立体的に見えてきて、においがする。「どうしてなんでしょう」と尋ねたら、「僕はね、この人に会いたいと思ったら、すぐ会いにいっちゃう。目を見て話をして、その人を肌で感じるんです」と言うんです。「うまくしゃべらなくていいんですよ。きれいに話そうとすると、においが伝わらない。肌で感じたことを自分の言葉で話せばいいんです」と教えてくれました。それで「よし、現場に行こう。面白いと感じた選手にどんどん会いにいって、いっぱい話を聞いて、感じよう」と決めました。スイスのサンモリッツにでも中国の昆明にでも行っちゃいます。朝練習に足を運んで、本練習にも行って、場合によっては昼食も一緒にということにもなります。解説しているときより、練習を取材しているときの方が楽しいんです。

岩政 選手は人間なので感情があって、それが試合中に揺れ動いています。その揺れが判断や試合展開に影響していると思っています。

増田 選手は競技者である前に人間ですもの。

岩政 選手がどういう人間なのかによって、判断は変わると思っています。だから僕はたとえば、相手が緻密なのか大胆なのかをもとにプレーを読んでいます。相手の考えていることを想像しながら、自分のプレーを選択します。その部分を解説で伝えられたら、視聴者にとってサッカーがより面白いものになると思っています。

増田 そういう部分はあまり伝わっていませんね。松木安太郎さんのように一緒に感動して、一緒に応援する感性の解説と、岩政さんのように選手の心理を捉えて、なぜこうプレーしたのかを伝える冷静な解説がセットになっていたら面白いんじゃないかしら。

岩政 増田さんが選手の人間性を伝えるようになったのはなぜですか。

増田 現役時代に自分が出場した大会のテレビ中継の録画を見ると、競技者としての私しか伝えられていなくて寂しくなりました。「えっ、これだけ?」って。まるで山猿みたいな扱いでしたから。国語が得意とか、音楽が好きとか、そういうのがあったうえでの競技者なのに。選手を取材してみると、魅力的な人が多いのがわかります。目標に向かってひたむきだから、心のぜい肉がないし、人として魅力があります。私は選手が視聴者にすてきに映るようにするにはどうしたらいいかを考えています。第一生命グループの田中華絵さんの顔を見たら、とても知的なのがわかります。でも「頭がいい」と表現したら嫌みになるでしょ。彼女はナノブロックが好きで、東京タワーや東京駅をつくっていて、一番難しかったのはスカイツリーだって言うんです。そういうエピソードを拾って、ナノブロックと彼女の表情を組み合わせて、「緻密」という言葉を入れると知的なところが伝わります。

「マラソンでは自分が全部出る」と増田さん

岩政 取材のときにこれだけは聞くというポイントはありますか。

増田 座右の銘、子どものころの話、競技人生で一番つらかった出来事、それをどうやって乗り越えてきたか。これがそろえば、ひととなりがわかるでしょ。

岩政 失敗したこともありますか。

増田 しゃべりすぎですね。サービス精神でしゃべりすぎて墓穴を掘ります。恋愛ネタを話しすぎて、監督に怒られたことがあります。

岩政 多くの選手を取材してきて、どういう選手が伸びると感じていますか。

増田 衝撃的だったのは福士加代子さんの登場です。女子選手はテレビ映りがよくなるようにピアスをしたりするのに、福士さんは前髪が邪魔にならないようにと、ちょんまげみたいにしていたでしょ。わざと自分を変に見せているみたいで、面白い子が出てきたなと思いました。1万メートルで優勝争いをしているときに笑ったことがありました。それが「まじめじゃない」と誤解されて陸連に怒られて。あとで聞いたら、五所川原工業高校の恩師の安田信昭先生に「苦しいときに笑える選手になりなさい」と言われていたんですって。高橋尚子さんのような優等生ばかりじゃないから面白いんです。すごいといえば、土佐礼子さん。2007年の大阪世界陸上のマラソンで40キロの手前から抜いていって銅メダルを取りました。「よくあんなことできたわね」と尋ねたら、「苦しくなってからがマラソンです。苦しいところで頑張らなかったらマラソンじゃありません」って。名言よね。こういう選手が結果を残すんだと思いました。

人間力が結果を左右する

岩政 マラソンは人間の素の部分が出る競技ですね。

増田 人間力が結果を左右します。私が20歳で出た1984年のロス五輪で途中棄権したのは人間力が足りなかったからです。当時は日本記録を次々と塗り替えて、天才少女といわれていました。誰かと競るなんてことがなくて、最初から先頭を走って、そのまま勝っちゃう。五輪も格好よく走ろうと思って、鉄砲玉のように飛び出したけれど、調子が悪くて、すぐに追いつかれてしまいました。イメージしていたものと全然違うと思ったら、もうダメ。ライバルの佐々木七恵さんに抜かれて、恥ずかしいと思いました。それがあのときの私の人間力です。いまの私なら七恵さんに抜かれたときに「私の分も頑張って」と言えます。マラソンでは自分が全部出ちゃう。

岩政 サッカーでも最後に足が出るかどうかは技術の問題だけではなくて、そこで気持ちを込められるかどうかです。つまり、内面ですよね。それまでのキャリアとも関わってきます。でも、マラソンの方が人間の部分が見えやすいですね。

増田 土佐さんみたいな選手はサッカーだと誰になりますか。

岩政 そういう選手でないと残っていけないと思います。試合には必ず、いい流れと悪い流れがありますが、悪い流れで盛り返せない選手は監督に信頼されず、切られてしまいます。悪い流れのときに判断を変えて、プレーを変えられる選手が残っていきます。きついときに「ここを乗り越えなくてはいけない」と感じとり、そのための方法論を見つけた選手が生き残ります。

増田 サッカーは厳しいですね。

岩政 流れはずっといいわけではなくて、必ず悪いときがきます。それが自然なので、流れが悪いことに問題があるわけではありません。

増田 流れの中でプレーを選択していくわけですね。

岩政 そのときの選手の立場によっても判断は変わります。試合に出始めたばかりの選手は早く結果を出したいので、とにかくシュートを打たなくてはと考えます。すでにポジションを確保している選手なら、もう少し落ち着いてプレーできます。僕はセンターバック(CB)なので、前の試合でミスをして負けていたら、次の試合はいいプレーをしようとせず、大きなミスをしないようにセーフティーにプレーします。こうした現象だけを見て解説しようとすると、「判断ミスですね」と言ってしまいがちです。これでは判断がどうなされているかが伝わりません。推測も入りますが、その選手の立場はこうだから、いまはこういうふうにプレーを選択したのだと伝えていきたい。つまり、判断に至ることになった心理の部分です。

増田さん(右)の話に熱心に耳を傾ける岩政

増田 その方が面白いですね。

性格や歩んできた道を話す

岩政 パーソナルな部分を伝える増田さんの解説も、その点に触れているのだと思います。

増田 性格や歩んできた道を話すと、視聴者がその選手に感情移入できます。選手に興味を持てば応援したくなるでしょう。

岩政 増田さんは最近、ナレーションでも活躍されていますね。

増田 NHKの連続テレビ小説「ひよっこ」の語りの仕事はドラマのプロデューサーから声がかかって始めました。「語り」と思わず、マラソンの解説で「彼女はおばあちゃん子なんです」とか「いつもウナギを食べて走っているんですって」とか、ネタを話す口調で自然にやってくださいと依頼されました。「うまくなっちゃいけない。軽めでお願いします」というんです。

岩政 思いもよらないところから仕事が来るものですね。僕もそんな感じです。目の前の仕事に百パーセントで取り組んでいると、仕事が仕事を呼んでつながっていきます。

増田 私には完全休養の日がほとんどないんですが、たまに2日も休んでいると、逆にいらいらしちゃいます。

岩政 僕も仕事がない日は不安になります。

増田 「ひよっこ」の台本を書いた脚本家の岡田恵和さんに5月に会ったときに「カーテンを開けたら、もう新緑の季節なんですね」なんて言うんです。昼か夜かも、季節もわからないほど忙しいらしいんです。「ひよっこ」の台本が終わったから、夏休みをとっているかしらと思ったら、すぐに次の台本を書いているんです。そうしないと不安らしいの。第一線で頑張っている人はみんなそうなんですね。そういう人たちに会って話を聞くとエネルギーをもらえます。

岩政 人と会うことが大事なんですね。

増田 岩政さんは数学の教員資格を持っていますよね。数学はサッカーで生かされていますか。

岩政 たとえば失点したときに、僕は「ここでこうなったから、こうなって……」とプレーをどんどんさかのぼって原因を突き詰めます。自然にそういうことをするようになったのは、数学をやっていたからかもしれません。僕にとってはそれが当たり前なのに、そうやって掘り下げていない選手がいることにプロになってから気づきました。自分が関わった局面で、やられたか、やられなかったかだけで終わらせてしまうわけです。

増田 掘り下げないと反省できませんよね。

岩政 問題は、反省するという作業がどういうことなのか、その捉え方だと思います。下を向くのが反省ではなく、原因を突き止めるために、どこでどうなって、こうなったと掘り下げていかなくてはなりません。

増田 岩政さんが指導している東大の学生でもそうなんですか。

岩政 そうかもしれません。彼らが勉強でやってきたことと同じなんだといっても、サッカーと勉強がなかなかリンクしていかないようです。僕はサッカーの思考方法が他の分野でも生きるはずだと思っています。「オレはサッカーしかやってこなかったから引退後もサッカーで生きていくしかない」と言う人が多いけれど、そうではなくて、サッカーでやってきたことは他の分野でも生かせるはずです。今は当たり前のように転職していく時代です。ビジネスマンが転職して、それまでの経験を全く違う分野で生かしているのだから、サッカー選手にもできるはずです。

<対談を終えて>…「人」にしかできないこと
 増田さんの解説はオンリーワン。「解説を変えた」といっても過言ではない。増田さんは人間を伝える。そう、選手も人間なのだ。そんな当たり前のことを真摯に伝えてくれるから、視聴者はそのレースに気持ちが入る。心が見える。共感できる。そして、その競技の「本当」が見える。
 今年、解説業を始めてから、解説のたびにサッカーの「本当」を伝えたいと考えてきた。だからすぐに、増田さんと会いたいと思った。この対談をお願いすると、「若い人たちのお手伝いができるなら」と忙しいスケジュールの合間をぬって、時間をいただいた。
 対談の中で感じたのは、心で話す人だということだった。私の目を見て「何を伝えたら伝わるか」を言葉を選びながら話しているのを感じた。これが、「人と人」だと思った。
 スポーツ選手には少なからず感覚的なところがある。勝負を分ける瞬間は一瞬で、頭で考えている時間などなく、何か大きなことを成し遂げるときはいつも感覚的で、感情的なのだ。それを伝えるためには理論で語るだけでは不十分だと思う。選手はその一瞬のために自分のキャリアを積み上げてきて、いろんな葛藤を乗り越えた先の「自分」を全てぶつけて心で戦っているのだから。
 「肌で感じる」。それを「心で伝える」。増田さんは「人と人」であること、接することを大事にしてきた。僕も「人」を伝えられる解説をしたいと改めて心に誓った。
 お会いできてよかった。そう感じさせてくれる方だった。それもまた、会わなければ得られない感覚だ。たくさんの話を聞かせていただき、ピッチレベルの肌感覚を忘れてはならないと思った。私は今も選手ではあるが、トップレベルの試合からは遠ざかっている。であるならば、トップレベルの選手に直接、会って話をうかがうこと。そして、感じること。それはどんな時代が来ても、変わらず続く「人」にしかできないことなのだと思う。

増田明美(ますだ・あけみ) 1964年1月1日、千葉県生まれ。中学3年で陸上部入りし、成田高ではトラック、ロードの長距離種目で日本新を連発。82年2月の初マラソンで2時間36分34秒の日本最高記録。同年、川崎製鉄千葉入り。84年ロス五輪のマラソンは途中棄権。86年に渡米し、NEC入り。マラソンのベストは2時間30分30秒。92年の引退後はスポーツジャーナリストとして執筆、テレビ解説などで活躍。今年はNHK連続テレビ小説「ひよっこ」の語りで話題に。大阪芸術大学教授。

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