/

人々に勇気与えたい パラスノーボード・成田緑夢(下)

2013年4月に障害を負って以降、成田緑夢がスポーツをする理由について、早口言葉のように繰り返すフレーズがある。「障害を持っている人、ケガをして引退を迫られている人、一般の人に夢や感動、希望、勇気を与えたい」

この言葉が浮かんだきっかけは、ケガをした後に出たウエークボードの大会での優勝。フェイスブックで、見知らぬ障害者からメッセージを受け取ったことだ。緑夢くんの姿を見て、僕も頑張ろうと勇気をもらった。そうつづられていた。

今年はパラ陸上で走り幅跳びにも挑戦した(7月の関東パラ陸上で) 

「僕がスポーツをすることで、こんなことができると自信になった。なら五輪やパラリンピックという大きな舞台にいったら、もっとたくさんの人に影響を与えられるんじゃないか」

ケガを契機に親離れもした。トランポリンの後、父の隆史が緑夢に勧めたのがスキーハーフパイプでのソチ五輪出場だ。12年冬のシーズンから始めると、持ち前の運動能力がここでも発揮され、すぐ世界選手権代表となり、日本選手最高の9位に。ジュニア世界選手権では優勝した。

しかしその2週間後のケガで暗転。半年の入通院生活を終えると、隆史はすぐ雪上に戻ることを要求した。「むちゃ過ぎた。ちゃんと歩けないのに、どうやって2回宙返りしろって言うねん」。反発した緑夢はそのシーズンが終わると、「今までありがとうございました」と言って家を出た。

鬼コーチの目線から"父親"に

父に操られていた人形が、自らの意志で動き始める。生活の糧を稼ぐためトランポリン教室を始め、スポンサーも自分で見つけた。パラスポーツにかじを切り、最初に挑戦した陸上走り高跳びでは1カ月でリオデジャネイロ・パラリンピックの参加標準記録を跳んだ。スノーボードに回帰すると、一気に世界トップに躍り出る。

活躍を見て、「君は一人では何もできない」と突き放していた隆史の態度も変わったという。「鬼コーチの目線から、今まで見たことないような"父親"に変化した。良き理解者になってくれてうれしい」と緑夢。成田家にやっと訪れた雪解けか。兄の童夢も「平昌パラでは、父と僕が仲良く緑夢を応援する珍しい光景が見られますよ」と笑う。

そこでは金メダルが射程圏内だが、緑夢は「表彰台を争える戦いができたらうれしい」と控えめな目標を語る。冒頭のフレーズにあるように、人々に勇気を与えるのが目的で、だからこそ、もっと多くの人に自分を知ってもらってからメダルを取りたいという気持ちがある。すぐ世界で戦えたことは、実は予想外だった。ぜいたくな悩みとも言える。

だがどうだろうか。障害がなければ父の指導のもと何らかの競技で活躍し、五輪でメダルに届いたかもしれない。それもよかっただろうが、ケガをしたことで成長し、操り人形から人間になったピノキオのような物語も、多くの人の心を揺さぶるはずだ。

(敬称略)

〔日本経済新聞夕刊8月30日掲載〕

すべての記事が読み放題
有料会員が初回1カ月無料

セレクション

トレンドウオッチ

新着

注目

ビジネス

暮らし

新着

注目

ビジネス

暮らし

新着

注目

ビジネス

暮らし

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
新規会員登録ログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン
Think! の投稿を読む
記事と併せて、エキスパート(専門家)のひとこと解説や分析を読むことができます。会員の方のみご利用になれます。
新規会員登録 (無料)ログイン