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「事業大転換」成功に必要なもの 富士フイルムCTO

CTO30会議(12)

日経BPクリーンテック研究所

富士フイルムで、主力だったカラーフィルム事業が衰退する中、同社の柱となるヘルスケア事業をけん引したのが戸田雄三副社長兼CTO(最高技術責任者)である。そのきっかけとなったのは、オランダで研究所長をしていた頃に始めた再生医療。戸田氏に当時の経験を振り返ってもらい、新規事業のテーマを見つけるコツや反対されてもあきらめずに続けるためのポイントについて聞いた。

――新規事業を始めるには自社の競争力、すなわち「コアコンピタンス」が核になりますが、富士フイルムのそれは何ですか。

戸田 高機能材料と、それを目的に応じて3次元構造化できる技術です。カラーフィルムは光に感応し、何千分の一という一瞬を記録できるという優れた機能を持った商品です。これは材料をただ混ぜただけでできるものではありません。20ミクロンの薄さの中に3次元的に層を20以上も形成する必要があります。高機能材料を扱う企業はたくさんありますが、それを3次元構造的に組み上げられるのが富士フイルムの最大の強みです。

カラーフィルムは、たった20ミクロンの薄層が、「センシング」「メモリー」そして「ディスプレー」の三役をこなします。デジカメはその各々に全く別のデバイスを必要とします。「利便性」と言う、唯一の特性で負けているだけで、カラーフィルムは商品として退場させられました。だからと言って、技術で負けたわけではありません。

――なぜカラーフィルムの技術をヘルスケア分野に転用しようと考えたのですか。

戸田 カラーフィルムはデジカメに駆逐されました。商品には流行があり、寿命があるのは仕方のないことです。人間のライフスタイルによっても変化することですから。でも商品を通して得た技術や経験、知識には寿命がありません。うまく転用できれば、生かし続けられます。

商品そのものではなく、商品を支えている技術を抽出して再定義しておく。それはある意味、技術の持つポテンシャルを生かす次の事業領域がどこにあるのかを把握することにつながります。

富士フイルムの場合は、高機能材料とその構造体をコアコンピタンスと定義し、それを生かせる分野としてヘルスケアを選びました。薬も、低分子のものは高機能材料そのものです。ただ、それだけなら誰でも作れてしまいますから、私たちはオンリーワンを追求します。その例としてリポソームや、マイクロニードルなど高度なエンジニアリング技術の活用があります。これは誰でもできるものではありません。富士フイルムの技術が生きる場所です。

その先にはバイオ薬品があります。バイオ薬品は細胞が作り出すわけです。細胞が置かれた環境を感知して、それに合ったタンパク質を作ります。細胞がセンシングして、バイオ薬品を作り出すわけです。モノづくりに関わる技術者にとってはワクワクするテーマです。そこまでストーリーを考えて、富士フイルムの強みが生かせる分野と考えました。

――どういう視点で新規事業を始める判断をしていますか。

戸田 「やれそう」「やるべき」「やりたい」を考えています。最初に「やれそう」を考えます。自分たちの持っている技(ワザ)から発想します。コアコンピタンスをロジカルに考えて、何が「やれそう」かを把握します。自社の持っている技術を理解することと同時に、他社と比べたときの競争力も知っていなければいけない。

得意技とする技術にもランクがあります。これはすぐに他社にキャッチアップされるから競争力は続かないとか、これは簡単には追いつけないから競争力があるとか、そうしたことまで含めて情報を持っていないといけません。研究者が井の中の蛙では駄目ということです。他社の技術力を含めて俯瞰的に見られる研究者でなければなりません。

次に「やるべき」です。次の市場候補を挙げたら、参入すべき領域を決めるわけです。富士フイルムの場合はヘルスケアや化粧品でした。ここでは自分たちの技術で、新しい付加価値を創出できるかどうかを考えます。既存のプレーヤーが実現できていない価値を自分たちの技術で市場に提供できれば、その市場で勝てると判断するわけです。

最初の「やれそう」がテクノロジープッシュであるのに対し、その次の「やるべき」はマーケットプルです。バイオ医薬品は、工程が複雑で非常にデリケートな分野です。だからプレーヤーは少なく、まだ手がつけられていない技術領域が無限大と言ってもいいほどあるのです。富士フイルムが参入するのにふさわしい市場と言えます。でも、いきなり全面展開は容易ではありません。そこでどこから手をつけるか、技術を生かしやすい出口はどこか、戦略を練るわけです。

最後の「やりたい」は、最も大切です。社会的視点が必要で、大義ある利益がなければ事業が成り立ちません。担当者の個人的な「やりたい」も必要ですが、それより企業が何をやりたいかを考えます。企業の一員として何をやりたいかです。

ヘルスケア分野の矛盾をなくしたい

――富士フイルムにとっての「やりたい」は何でしょうか。

戸田 富士フイルムは、ヘルスケア分野の矛盾をなくしたいと思っています。人は、体の大きさも、その体質にも個人差があります。しかし、薬はその多様性に対応できていません。アルコールをいくら飲んでも酔わない人もいれば、一滴でも酔ってしまう人がいるように、薬も人によって効き方が異なります。

それなのに一律で薬の量を決めているのは間違っています。命に関わる問題ですから、これは改善していかなければいけません。これまではコスト面や技術面の制約があって、仕方のないことだと考えられてきました。これからは富士フイルムの力で少しでも改善していければと考えています。

――そのヘルスケアにつながったのは、オランダの研究所にいた時に事業化された再生医療だと思います。なぜ、オランダで再生医療を事業にしようと考えたのですか。

戸田 1993年にオランダの研究所長として赴任した当初、まず始めたことは、ヨーロッパの人に好まれるカラーフィルムの開発です。ヨーロッパの人と日本人では、色の感受性が違います。日本人の黒い目よりヨーロッパ人の青い目は、色彩よりも光に対する感度が優先されて、暗いところでもよく見えるようにできています。ゴッホの絵もヨーロッパの人には、日本人が思うほど派手には見えていません。だからカラーフィルムもそうしたヨーロッパ人にきれいに見えるように開発しました。その開発は富士フイルムの実力をもってすれば、それほど難しくありませんでした。

カラーフィルムは事業に直結することですから、それはそれでやるのですが、それとは別にオランダの研究所の存在意義を高めることをやろうと考え、始めたのが再生医療です。その時、テーマ選びで自分に3つの条件を課しました。

1つは、日本の本社でやっていないこと。次にオランダを中心にヨーロッパの強みを生かすこと。最後に、いつかは会社のためになることです。こうした条件を課すことで、いろいろな提案に対して論理的にYes、Noが言えます。突飛なことはいいことですが、あまりに突飛で富士フイルムがやるべきでないことを言われた場合に、それを除かなければなりませんから。

オランダに来た時に、すぐにバイオ技術が進んでいることを感じました。そして、細胞とカラーフィルムが似ていると感じました。こういうことを言っても、大抵、日本では大半の研究者は取り合ってくれません。でも日本人に比べてオランダの研究者に賛同者が多かったのは間違いありません。

――日本人とオランダ人のその違いはどこから来ているのでしょうか。

戸田 日本は知識を頭の中に詰め込むことをやってきました。これは受験戦争の中で選ぶ側が便利な方法を採用したからです。日本は横並び志向が強くて、突飛なことを言いにくい雰囲気があります。細胞とカラーフィルムの類似性も、日本の技術者はロジカルでないと言って否定します。根拠がないというわけです。そのため自由な発想ができていないことに気がついていない。

一方、オランダを含めて欧米では、進取の気性が尊ばれます。誰も考えられないことを考えて、しかもそれが社会の役に立つことであれば「すごい」と言って育てられるわけです。米スタンフォード大学から新しい企業がどんどん生まれているのも、そういう考え方が背景にあります。教育の柱は、自分たちがここに存在している意味は何かを問い続けることで、知識の詰め込みではありません。

日本も過渡期を迎えていると思います。日本の歴史の中で、今のような状況は非常に稀有なものです。本来、日本人には人と違う発想で新しい価値を生み出す能力があると思います。チームとして協力して動くことも得意です。状況に合わせて、その両方を使い分ける能力があります。今は我を出さずに協調した方がいいと判断すれば、そのように行動できるわけです。

逆風マネジメントを身につけろ

――イノベーションを起こして新規事業を立ち上げるリーダーに求められることは何でしょうか。

戸田 課題創出力です。上から言われたことだけをやっていたのでは義務でしかありません。それを解釈し、修正を加えて、膨らませることで自分なりの使命にする能力がリーダーには求められます。

そして、あきらめずに続けることが大切です。少しやって周りから反対されると、簡単にあきらめてしまう人が多過ぎます。人生は逆風だらけなのですから、少しの逆風であきらめていたら、何もできません。逆風をマネジメントできないといけないのです。そういう意味では、人から好かれる"かわいげ"も逆風マネジメントの一つです。演技ではなく、体験の積み重ねで自然と身に付いた所作というべきものかもしれません。

簡単に失敗という言葉を使いすぎるのも問題です。そういう人には、「失敗とはどういう意味か」と聞きたいです。目的に向かって全力でぶつかって、少しでも成功に近づいたらそれを私は失敗と呼びません。自分で失敗なんて言ったら、逆風の思うツボでしょう。

――最後に、あきらめないためにどうすればよいか、日本の研究者にアドバイスをお願いします。

戸田 「あきらめるな」というのは精神論で言っているのではありません。簡単にあきらめたら、たった一度の人生で後悔することになるから、あきらめない方がいいと思うのです。そして簡単にあきらめないためには、これを実現したら素晴らしい世界が来ると、自分自身がほれ込むようなテーマを見つけることです。これは人生観と言うべきでしょうか。日本の研究者には、自分の生きがいと言える課題を設定してほしいです。

(聞き手=日経BP総研 クリーンテック研究所 菊池珠夫)

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