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金メダル有力候補 パラスノーボード・成田緑夢(上)

1998年に開かれた長野五輪。幼いながらもスノーボードの前走を務めた、「浪速の成田3きょうだい」はちょっとした話題になった。当時12歳の長男、成田童夢、同10歳の長女、夢露は8年後、トリノ五輪でスノーボードハーフパイプ(HP)に日本代表として出場する。

パラスノーボード参戦1年目でW杯3勝、世界選手権3位の好成績を残した

末っ子で当時まだ4歳だったのが成田緑夢(近畿医療専)だ。スノボをした最初の記憶が「ほんの一瞬覚えている」、この長野五輪だという。それから20年を経て、兄姉と同様、4年に一度巡り来る大舞台、来年の韓国・平昌での活躍が期待されるアスリートに成長した。ただし、狙うのは五輪ではなく、パラリンピックの表彰台である。

2013年4月、トランポリンでの宙返りに失敗、左足に障害を負った。足首を動かすことができず、膝も全部は曲げられなくなった。スキーHPで五輪出場を目指していたが、めげずにパラ(障害者)スポーツに方向転換。昨冬から勝手知ったるスノーボードに取り組む。そこからの道程は「あれよあれよという間」の形容がふさわしい。

W杯初参戦から瞬く間に注目選手

最初に出た日本選手権で、ジャンプ台(キッカー)など様々なしかけが施されたコースを複数人が同時に滑って戦うスノーボードクロスに優勝。日本障害者スキー連盟幹部の目にとまり、ワールドカップ(W杯)への参加を促される。

昨年11月、初参戦のオランダでのW杯において、旗門を設置したコースでのタイムを競うバンクドスラロームで2戦続けて4位となる。「外国人選手が『あの日本人は誰や?』という感じで。楽しくなった」。本人が「夢の中のストーリー」とする快進撃が始まった。

今年1月、米国W杯のクロスで2戦連続優勝。2月には初めての世界選手権(カナダ)のスラロームで3位に。そして3月、パラリンピックのプレ大会だった平昌W杯のスラロームで優勝、クロスで3位と最高の形でシーズンを終えた。それでも「運が良くて優勝に導いてくれた感じ。安定感がまだない」と成田は気を引き締める。

欧米のライバルたちは片足の膝下が義足の選手たちだ。義足の足首の関節を固定することによってつま先側、かかと側に体重をかけてボードのエッジの立て具合を調整できる。だが成田の左足は健在なものの足首を固定できないので、特に「かかと側に体重をかけるのが難しい」。障害の面では不利な戦いを強いられているとも言えるが、「僕は義足をはめたことがないからわからない」と言い訳にはせず、手の位置を変えるなど上体の工夫でカバー、好成績につなげた。

かつての成田3きょうだいへの注目は、当時としては珍しい"キラキラネーム"の名前もあいまって、ワイドショー的な好奇の目が勝っていたのは否めないだろう。だが今、成田緑夢は金メダルが有力な一人のアスリートとして、世の耳目を集めている。

(敬称略)

〔日本経済新聞夕刊8月28日掲載〕

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