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自動運転の盲点 「レベル」の進化と安全性は別もの

自動運転が作る未来(16):デンソーに聞く(上)

日経BPクリーンテック研究所

独Audi(アウディ)がレベル3の自動運転車として新型の「A8」を市販すると発表したことで、自動運転レベルの違いがメディアなどで話題に上がる機会が増えている。世界で広く用いられている自動運転レベル1~5は、数字が大きくなるほどドライバーの運転への関与義務が少なくなる。レベル3は一定条件の下でドライバーが運転操作から解放され、レベル5はドライバーレスの完全自動運転だ。

自動運転レベルが高まれば、それだけヒューマンエラーの生じる場面が少なくなるため、安全性が高まると見ることもできる。ただし、レベル3の自動運転車は自動車とドライバーとの間で運転操作の権限委譲を実行するため、その動作が新たな事故リスクにつながるとの指摘もある。そして、そもそも自動運転レベルを決める項目の中に、安全性確保を求める記述はない。

ドライバーが安全に運転操作するための各種支援技術で豊富な開発実績を持つデンソーは、ADAS(先進運転支援システム)の開発に加え、自動運転関連の技術開発を急いでいる。安全性向上のための開発コンセプトとして「いつもの安心、もしもの安全」を掲げ、周辺物認識に欠かせないカメラ、ミリ波レーダー、LiDAR(Light Detection and Ranging:レーザーレーダー)などのセンサーや、センサーが取得したデータを用いた画像処理技術を自社開発してきた。加えて2016年からは、画像処理やAI(人工知能)をはじめとする各種技術分野で他企業との共同研究や協業に乗り出している。

自動車の安全性を追求する立場で見たとき、自動運転技術が作る未来はどうなるのだろうか。デンソー アドバンストセーフティ事業部長の隈部肇常務役員に、自動運転技術の発展が自動車の安全性をどう進化させていくのかを聞いた。(聞き手は日経BP総研 クリーンテック研究所 林哲史)

対歩行者の安全性を重視

――自動運転によって解決が期待されている社会課題に、交通事故の削減がある。最初に確認したいが、自動運転技術の高さについてはレベル1~5と段階が設定されているが、レベルが高くなるほど、その自動車の安全性が高くなると考えていいのか。

隈部必ずしもそうとは限らない。安全性を高めることと、自動運転レベルを高める技術的な進化は別のものであるからだ。レベルが上がることで安全性が高まることもあるだろうが、そうならないこともある。レベル2のままでも、安全性を高めていくことはできる。

――安全性を高めるためにはどのようなアプローチが必要なのか。

隈部 我々は、事故・災害の経験則として知られる「ハインリッヒの法則」が、交通事故の場面にも当てはまると考えている。

ハインリッヒの法則では、一件の大きな事故の裏には、29件の軽微な事故と300件のヒヤリハット(事故にはならなかったものの、ヒヤリとしたり、ハッとしたりした事象)があるとされている。運転におけるヒヤリハットの原因としては、ドライバーの疲れ、不安、苦手な操作などがあるだろう。つまり、これらのヒヤリハットをさまざまな技術や工夫で一つずつ取り除いていくことが、交通事故の削減につながると見ている。

――デンソーの開発コンセプトである「いつもの安心、もしもの安全」で言えば、ヒヤリハットを減らす部分がいつもの安心に当たるのか。

隈部 そうだ。我々は事故を分析して、事故が起こる前から起こった後まで、それぞれの時点での運転支援を考えている。「いつもの安心」とは、通常運転時の情報提供や操作代行、危険時の警報など、ドライバーが日常的に行っている認知・判断・操作を支援してドライバーに安心を提供することを意味する。一方の「もしもの安全」は、事故が起こる直前での操作介入と事故後の乗員保護といった緊急時の危険回避と事故時の被害軽減のことである()。

――安全性を高めるという観点における当面の目標は何か。

隈部 まずは安全なクルマ選びの指針となっている自動車アセスメント「NCAP」(New Car Assessment Program)の要件をクリアすることだ。NCAPをクリアすることは必ずしも簡単ではない。NCAPでは、2016年の昼間の対歩行者向けAEB(緊急自動ブレーキ)に続き、2018年には夜間の対歩行者向けAEBと飛び出し自転車向けAEBが要件となっている。これらの対応は終えているが、2020年には出会い頭の対自動車向けAEBの試験が始まるので、今はその対応を急いでいる。

もう一つは実際の安全、いわゆる実安全にこだわった技術開発を進めることだ。例えば交通事故の原因は国別に異なっており、日本は対歩行者の事故が多い。死亡事故に占める対歩行者事故の割合は全体の3分の1以上だ。こうした傾向は欧米には見られない。だから我々は対歩行者の安全性を重視している。

特に日本には暗い一本道が多く、そうした場所でドライバーが歩行者に気付かずに事故を起こしてしまうケースが少なくない。このような事故を回避できるように、NCAPより厳しい(暗い)条件をクリアすることを開発目標に掲げた。NCAPクリアは当然として、暗い日本の道でも歩行者を認識できる技術を確立すれば、それは世界に通用する。

――見えにくいという意味では、雨の日も歩行者の認識は難しいが、これは夜道と同じ対策で十分か。

隈部 夜道と雨の日では、状況認識に役立つセンサーが異なる。暗い道対策はカメラで対処するが、雨が降るとカメラでは見えにくくなる。雨の日は、雨でも周辺物を検知できるミリ波センサーを使う。カメラとミリ波センサーがそれぞれ入手したデータの認識処理をうまく組み合わる「センサーフュージョン」を活用し、認識精度を高めていく。

実安全を高めるために実際の道路状況に近いテスト環境も作った。2014年7月に完成した自然環境試験棟には、1時間雨量で4mmから50mmの雨を降らせることのできるコースがある。実環境に近い試験環境でテストすることで実安全を高められると考えている。

――現在、保険会社が自動ブレーキを装備したクルマを対象とする保険商品を企画していると聞く。こうした商品の登場を考えると、例えば事故が起こったとき、ブレーキ痕が残っているけれど、その操作は人間が実施したのか、それとも自動ブレーキの制御なのかを後から追跡調査できる記録があると望ましいとの声がある。

隈部 正確な記録を残すことは技術的には問題ない。今の自動車なら、なぜその動作をしたのかを細かく記録することは簡単だ。ただ、どのように記録するのかについては個々の企業がそれぞれ考えるのではなく、何らかの基準や規定を満たす形で残したい。

実際、エアバッグについてはEDR(Event Data Recorder:エアバッグが作動したときの車両動作の時系列な記録)というルールがある。これと同じように何らかのルールが決まれば、それに沿って車両がどのような状態だったのかを記録する仕組みを作り込める。今は記録に関する基準制定を待っているところだ。

人間の研究で「快適な乗り心地」実現へ

――自動車の技術開発では、乗り味のようなものが重視されていると聞く。自動運転になると、安全性が高まるだけでなく、運転の上手なドライバーに運転してもらっているような快適な乗り心地も実現できるようになるのだろうか。

隈部 乗り味を加味した運転操作は十分にできると考えている。その際、自分が運転しているときの乗り味と、パッセンジャー(乗員)としての乗り味は違うかもしれない。ここは十分に考える必要がある。ヨー(上下を軸にした回転動作)、ロール(前後を軸にした回転動作)など、ドライバーの身体は運転中に生じたさまざまな力を受け止めている。この力の受け止め方の感覚は、ドライバーが自ら運転操作しているときと、自動運転ソフトが制御しているときとで異なる可能性がある。

だから、ドライバーとしての感覚と、パッセンジャーとしての感覚がどう異なるのかについて、人間の感覚を研究しなければ快適な乗り心地は実現できないだろう。

大事なことは、当面の間、クルマの中にいるドライバーのことを十分に考えて各種技術を作らなければならないということだ。例えば自動レーンチェンジという機能がある。このとき自動運転車はドライバーに「今はどういう状況で、こうした理由からこの操作を実行している」といったことを伝える必要があると見ている。

将来的にはそうしたことは必要なくなるかもしれないが、今はまだ、自動運転モードの時に自動車が何を考えて操作しているのかを、ドライバーが把握しておくべきと考えているからだ。この必要性は、レベル3の自動運転車におけるハンドオーバー(運転操作の権限委譲を自動車とドライバーの間で実施する行為)の場面にも当てはまるはずだ。

――自動運転に関連する技術として、自動車同士が通信する車車間通信「V2V」(Vehicle-to-Vehicle)や自動車と信号などのインフラ設備が通信する路車間通信「V2I」(Vehicle-to-Infrastructure)を活用する取り組みも手がけている。これらV2X(V2VやV2Iなど、クルマが備える通信機能の総称)はどのような場面で活用することになるのか。

隈部 車両に装備したセンサーが認識できるエリアはクルマの近くで、見通しのいい場面に限られている。通信機能を使えば、センサーでは認識できない交通状況も把握できるようになる。例えば車車間通信を実行しているケースでは、前のクルマが障害物をよけたときに、その障害物情報を後ろのクルマに伝えることによって、後ろのクルマは前もって障害をよける準備ができ、安全でスムーズなハンドル操作が期待できるようになる。

このように、前もってさまざま道路情報を受け取っておけば、それだけ事故を回避できる可能性を高められる。センサーは数百メートル先の事象を捉えることができるが、それより先に何が起こっているのかは通信の力を使わなければ収集できない。V2Xだけでなく、クラウド地図が持っている広範囲の交通情報も取得して活用するようにすれば、さらに安全性は高まるだろう。(次回に続く)

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