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人気テノールのフォークト ワーグナーへの思いを語る

最初から最後まで「独自のタンホイザー」、バイエルンで

明るく澄んだ声で観客を魅了するヘルデンテノール(英雄的な役柄を担う強い声のテノール歌手)、クラウス・フローリアン・フォークト。欧州の主要歌劇場で、ワーグナー作品に引っ張りだこの存在だ。作曲家自身が創設したバイロイト音楽祭(ドイツ・バイエルン州)にも、毎夏のように出演している。中でもローエングリン役の評価が高いが、今年5月にはミュンヘンのバイエルン国立歌劇場でタンホイザー役に初めて挑戦。9月の同歌劇場日本公演でも同役を歌い演じる。オーケストラのホルン奏者からスター歌手に駆け上がったフォークトは自らの声で何を伝えたいのか。ワーグナーへの思いのたけを聞いた。

 ◇   ◇   ◇

――タンホイザー役は5月のバイエルン国立歌劇場が初めてでした。

「何年も前からオファーはあった。だが、この役は納得のいく状態でやりたいと思っていたため、断ってきた。タンホイザーはドラマチックな役柄。演じ、歌うにはローエングリン役とは違った難しさがある。歴史や神話とも密接に結びついている。だから時間をおいた。タンホイザーを演じるには声楽テクニックにくわえて、人生経験というものも必要だ」

「タンホイザーは極端な矛盾というか、振れ幅が激しい人物だ。興奮状態から一転、軽快になったかと思いきや、神経質になり、深い屈辱を経験し、疑心暗鬼に陥る。しかもラストになってそんな場面がやってくる。非常に興味深い人物だ。かれは現状に満足しない。どこか遠くへ行きたいと夢見る一方で、過去へ戻りたいと歌う。第2幕では(愛する)エリーザベトのところにいるにもかかわらず、愛欲の女神ヴェーヌスのもとへ帰ろうと考える。つねに自分が置かれている空間や状況以外の場所へと、いざなわれている。移り気で矛盾だらけの人物に思える」

――技術的な難所はありませんでしたか。

「ヴェーヌスベルク(ヴェーヌスとやりとりする第1幕)の場面だろう。冒頭は純粋に難しい。いきなり全力を求められる。この場面は本当に歌手泣かせだ」

――当たり役のローエングリンと、タンホイザーではとらえどころが違うのでは。

「ローエングリンは難しい山場が最後にやってくるが、タンホイザーはいきなり冒頭にある。ここが違いだ」

 ――お世辞ではなく、舞台上では神々しいオーラをまとっています。

「オーラというのはあるか、ないか、それに尽きる。もともとオーラがある人は、磨きをかけて伸ばすことができる」

旅が好きだというフォークト。「自分自身がタンホイザーに似ているかもしれない」と語る(撮影=Marlies Matthes)

――ただオーラは英雄役のローエングリンではしっくりきますが、タンホイザー役では邪魔になりませんか。タンホイザーは英雄ではありません。

「タンホイザーは憂鬱な人物ではない。第1幕の最初から気落ちしているとの解釈は誤りだ。むしろ逆。彼はとても前向きな人物だ。ヴェーヌスのもとでは心から快楽に溺れ、『森をもう一度見たい』『小鳥や鐘の音をまた聞きたい』と歌い上げる。元いた世界に戻った後も後ろめたい気持ちはあっただろうが、『罪を犯した』と四六時中悩んでいるわけではない。それどころか、最初は旧友との再会を喜んでさえいる」

「第1幕の終わりに『あぁ、思い出してきたぞ、忘れていた美しい世界』という歌詞がある。とても前向きで輝きに満ちている音楽だ。エリーザベトとの二重唱も、陰鬱にはほど遠い。エリーザベトとの再会の瞬間、ヴェーヌスとの情事が頭をよぎっただろう。だがエリーザベトはタンホイザーを愛している。いつも後ろ向きでさえない男を好きになるわけがない。タンホイザーの苦悩は(終盤に)ローマに着いてから、ようやく表れる。落ち着きがないということは言えるが、最初から落ち込んでいるわけではない」

――タンホイザーを演じた歌手で目標とする人はいますか。

「私はあれこれ録音を聞いて勉強するタイプではない。自分で役柄作りに取り組むようにしている。自らの芸術的解釈をそこで表現したい。つまり最初から最後まで『独自のタンホイザー』でなくてはならない」

――最近のオペラ演出では、その解釈をめぐって賛否が割れることが増えました。奇抜な演出は歌手にとっても試練では。

「もちろん。今回、ミュンヘンの上演で難しかったのは自分のイメージをつかむこと。演出によっては、観客の関心が歌手からそれてしまうと感じる。自分に焦点をあわせてもらうよう、演じないといけない。自分で(タンホイザーという)人物像を作り上げるように試みた」

――演技力を高める努力はどのように。

「はっきりしている。まずは妻に感謝したい。舞台上の立ち居振る舞いを鋭く見抜く能力があり、非常に助かる。リハーサルの段階で指摘されることが多い」

――グローバル化は歌手への負担ではありませんか。活躍する地域が限られていた往年の歌手と異なり、いまは世界中の歌劇場をタイトスケジュールで回らないといけません。

「出かけるのも新しいことを学ぶのも大好き。旅は喜び。飛行機に乗るのも楽しい。いつも次のことを考えているという意味で、自分自身がタンホイザーに似ているかもしれない。大切なのは仕事に喜びを見いだすこと。歌手デビューからほぼ20年が過ぎたが、その気持ちは変わっていない。歌手として仕事ができるのは贈り物だと思っている」

「グローバル化の欠点はインターネットによって世界が結ばれ、どこに出演しても注目を集めてしまうことだ。どこか遠くの劇場であってもすぐ、情報がネットで広まってしまう。例えばタンホイザー役も、それほど有名ではない劇場で試すことができない。だからこそ今回、初役の地にミュンヘンという大舞台を選んだ」

――観客やメディアの反応が気になると。

「もちろん感じる。気にしないようにしているが、黙殺することはできない」

 ――観客も国際化が進んでいます。欧州の歌劇場であってもドイツ語のわからない人が多いでしょう。それでもわざわざドイツ語の歌詞を一言一句はっきり発声してますね。

「それも芸術の一部だからだ。ワーグナーは総合芸術という概念を打ち立てた。音楽や演技だけでなく歌詞も大切だと思う。特にワーグナー作品では役を浮き彫りにするため、観客にきちんと歌詞を伝えないといけない。オペラは音を奏でるものではなく、物語を聞かせるもの。私は観客とオペラの仲介役でありたい」

――ワーグナー作品のなかには「ローエングリン」「ニュルンベルクのマイスタージンガー」のように愛国主義的な色彩の濃いものがあります。ナチス(アドルフ・ヒトラーが率いた国家社会主義ドイツ労働者党)政権は国威発揚のために、ワーグナー作品を利用しました。

「賛否があるのはわかっている。しかし演目の多くは後世、(ナチスなどのいいように)解釈された面がある。本当に見るべきは、ワーグナーが生きた時代だ。極右思想や人種差別、そして暴力は大嫌いだ。ぞっとするようなドイツの過去も忘れるべきではない。しかし作曲家としてのワーグナーは、そうした過去にそれほどかかわっていない。だから、ワーグナーを歌うことに抵抗はない。むしろ音楽の可能性に目を向けている」

――では、ワーグナーはどんな人間だったと思いますか。

「夢想家だろう。ワーグナー作品のなかにも作曲家が投影されているように感じる。『マイスタージンガー』のワルター・フォン・シュトルツィング、『ローエングリン』そして『タンホイザー』の題名役。いずれもワーグナー自身のように思える」

――ワーグナー作品の役柄の中で、まだ取り組んでいないのはトリスタンとジークフリートですね。元ホルン奏者だけに、ジークフリートを演じる際は、舞台上でホルンを吹けるのでは?

「わはは。タンホイザーを演じたことは大きな一歩。ほかの役柄もそのうちにと思えてきた。レパートリーを増やしていきたい」

「ただ今までと変わらず、ワーグナーなどドイツの作品を中心に据えたい。最近はリート(歌曲)にも取り組んでいる。シューベルトの連作歌曲集「冬の旅」なども、歌ってみたい。歌詞が大事だし、それをうまく表現できると感じている」

――バイエルン国立歌劇場でタンホイザーを指揮した音楽総監督、キリル・ペトレンコさんとの相性は。

「彼が用意してくれた音楽のじゅうたんの上で、心地よく導かれている感覚になる。しかも求めていることが明確。イントネーションやリズムだけでなく、弱音もきちんと大切にする。ワーグナーが意図したような音の強弱をペトレンコさんは表現できる。リハーサルは綿密で大変だが、最後には驚嘆すべき音楽があらわれる」

――フォークトさんは今年も、バイロイト音楽祭に出演しました。

「ワーグナー作品を愛する音楽家にとって、バイロイトで演じるというのは格別なこと。夏休みを犠牲にして参加する人が多く、連帯感のようなものが漂っている。素晴らしい雰囲気としか言いようがない」

(聞き手は欧州総局編集委員 赤川省吾)

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