2017年11月20日(月)

ドイツの南北問題明るみに 東西格差より拡大

The Economist
(1/2ページ)
2017/8/22 19:20
保存
共有
印刷
その他

The Economist

 7月1日、東西ドイツを統一したドイツのヘルムート・コール元首相の葬儀で、国民はそのレガシー(政治的遺産)を振り返り、肯定した。このことは東西分断の傷痕が次第に薄れていることを意味するが、近年は新たな南北格差が目につくようになってきた。

 ドイツが再び分断され、今度は北と南に分かれたとしよう。南部は旧西ドイツのザールラント、ラインラント・プファルツ、ヘッセン、バーデン・ビュルテンベルク、バイエルンの各州と、旧東ドイツの最南端に位置していたテューリンゲンとザクセンの2州を含む。北部との国境は言語学者がユルディンゲン線と呼ぶ、高地ドイツ語と低地ドイツ語の境界線に沿うものだ。

 確かにこの線で分ければ、外形上は平等だ。人口は半数ずつで、十大都市圏を5つずつ持ち、いまだ生活水準の低い旧東ドイツの住民も同じ割合で抱えることになる。しかし、将来性があるのは南ドイツの方だ。北部より様々な点で経済的に成功しているからだ。北部より教育水準が高く、就職しやすい。収入も多く、寿命も長い。

■トップのサッカーチームも南部に

 南部は州財政も北部より健全なので投資余力が大きく、住民1人当たりに引き直せば北部の5倍に上る州もある。ドイツ経済研究所(DIW)の最近の研究によると、南部の犯罪率は北部より「驚くほど」低い。さらに言えば、南部には国内トップの強豪サッカーチーム、バイエルン・ミュンヘンの本部まである。

 もちろん、両地域とも風景は一様ではない。ザールラント州の昔の炭鉱地やザクセン州の人材流出が激しい村々では、国家主義を掲げる政治が台頭している。どちらも太陽が降り注ぐ南部の明るいイメージとはほど遠い。対照的に、ハンブルクやデュッセルドルフのようなハイテク産業が集積する北部の都市は、欧州屈指の豊かさを誇る。

 ただ、北ドイツの人口のほぼ半分を占めるノルトライン・ウェストファーレン州の経済が振るわないことと、南ドイツのバーデン・ビュルテンベルク州やバイエルン州が目覚ましい発展を遂げたことで、南北格差はすべてではないがある程度、説明がつく。

 統計上、南北格差の傾向があまりに著しいため、最近は地図上の旧東西ドイツの国境線よりユルディンゲン線の方が簡単に認識できるほどだ。

 例えば、南北の失業率の違いは近いうちに東西より広がるだろう。ドイツの非政府組織「新しい社会的市場経済へのイニシアチブ(INSM)」による教育ランキングでは、ザクセン州とテューリンゲン州が国内16州のうち1位と2位を占めた。一方、同じく旧東ドイツだったベルリン州とブランデンブルク州は最下位とその次だ。

■平均寿命も南北で大きな違い

 平均寿命の差異も南北が東西より大きく、バーデン・ビュルテンベルク、ザクセン両州の女性が最も長寿だ。

 ハンブルク国際経済研究所(HWWI)のアンドレ・ボルフ氏は「中期的に、南北格差が間違いなく(現在の)東西格差に代わり、大きな問題になるだろう」と予想する。

 人口がどちらも50万人ほどの都市のドレスデンとブレーメンを比べれば、旧東西ドイツの格差が縮まりつつあるのがわかる。ドレスデンはブレーメンより道路がきれいでよく整備され、公営住宅の管理もいい。失業率や貧困率、負債比率が低く、住宅価格は高い。ドレスデンは共産主義の旧東ドイツの街でブレーメンは旧西ドイツだった。

 ところがそれ以上に、ブレーメンが経済水準の低い北ドイツに位置し、ドレスデンが豊かな南ドイツに属するという事実が、今の南北格差の象徴として重要だ。

 昔から南部が北部より経済的に恵まれていたわけではない。北部は20世紀に石炭、鉄鋼、海運などの産業が発達し、南部より繁栄した。

■南部に根付く起業家精神

 南部のバイエルン州は1960年になっても、旧西ドイツで最貧の地域だった。近隣と同様、天然資源がなく、第2次世界大戦が終わった45年以降、中欧諸国から逃れて同州の農村に定住した数百万人に仕事を与えなければならなかった。

今なら有料会員限定記事がすべて読めます!
電子版10日間無料お試しキャンペーンは11月20日まで!

保存
共有
印刷
その他

電子版トップ



[PR]

日本経済新聞社の関連サイト

日経IDの関連サイト

日本経済新聞 関連情報