津田大介 Netflixにハマって考えたテレビの未来

米国発のネット動画配信サービスが世界中で会員数を増やしている。日本にはHulu(フールー)やAmazonプライム・ビデオ、Netflix(ネットフリックス)が上陸し、僕はNetflixを利用している。Netflixはすごい勢いでオリジナルのコンテンツを充実させ、そのオリジナルのクオリティーこそが、見ないと損するものになっている。4K画質の作品も多く、大画面テレビで見ると質の高さに驚く。今回はこのSVOD(Subscription Video On Demand、定額制動画配信)と呼ばれるサービスの面白さを紹介し、テレビの将来に関して考えてみたい。
話題のドラマから硬派なドキュメンタリーまで
Netflixを見始めたきっかけは、2016年3月に日本で配信が始まった「ハウス・オブ・カード」というドラマシリーズだった。米国大統領の座を目指す下院議員の闘いを描く政治ドラマで、エミー賞まで受賞したNetflixの金字塔的なオリジナル作品だ。1シーズン13話、全部で5シーズンある。僕もすべてを見終わっていないが、最初の3話くらいの面白さは尋常ではなかった。
今よく見るのはドラマよりもむしろドキュメンタリー番組。ドキュメンタリーもNetflixのオリジナル作品が面白い。例えば、「くすぐり」というニュージーランドの作品がある。ある記者が、くすぐりに耐える行為が競技として撮られた動画を発見し、競技の主催者に取材を申し込んだことをきっかけに、若者を陥れる闇の存在が明らかになるという内容だ。見ると怖くなってしまうほどのインパクトがあった。
Netflixを見ていて感心するのは、大向こう受けするハリウッド物やドラマだけでなく、こうしたドキュメンタリーにものすごく投資していることだ。90分や2時間の見応えある番組がたくさんあって、どれを見ても質が高い。うるさ型の人にも刺さるドキュメンタリー番組を作ることで、ずっと会員につなぎ留めておくという戦略なのだと思う。

多様な視聴スタイルにフィット
Netflixはいつでも好きな時に見られるし、デバイスもスマートフォン、タブレット、パソコン、テレビとすべてに対応している。途中で見るのを中断しても、デバイスを変えてそこから再開できる。ユーザーエクスペリエンスとしてすごく優れているのだ。
大学で教えている学生たちに話を聞くと、今は若者のテレビの視聴スタイルが昔とは様変わりしていることがわかる。ゴールデンタイムに家でテレビを見ている若者はほぼ皆無。家族みんなでお茶の間に座って、リアルタイムでCM込みで見るという視聴スタイルは、高齢者を除いてほとんど崩壊しているのだ。
広告主も当然、そうした若者のライフスタイルをわかっている。テレビに高い広告費を払っても若者にリーチできないのなら、ネットの動画広告などにお金を出したほうがいい──そういう判断が働けば、お金の流れが変わってくる。生放送で見る意義のある一部のニュースとスポーツを除き、テレビ局はリアルタイムで番組を流してもうけるというビジネスモデルをどこかで転換しなければならなくなるだろう。

桁違いの制作費が意味するもの
アメリカではYouTubeも「YouTube TV」という有料の配信サービスを始めている。YouTube TVは一説には、コンテンツの制作・調達のために年間50億ドル(約5500億円)の予算を組んでいるといわれる。
日本ではサイバーエージェントのAbemaTVがコンテンツに力を入れていて、2017年9月期には先行投資として200億円を投じるとも報じられている。しかし、この200億円という投資でさえも、YouTubeと比べたら一桁少ないということになる。そう考えると、これからは動画に対する投資が増えるというのが世界的なトレンドなのだろう。
しかもNetflixは制作費としてお金を出しており、企業が広告費を出しているわけではない。テレビと違ってお金は出すけど口は出さない、その代わりキャスティングなどはデータに基づいてやってくれという主義だ。作り手側もクリエーティビティを発揮して、とがったものを作り、それがSNSで話題を呼び、シェアされて広まっていくという好循環がある。
4Kテレビとも好相性で、地デジはいらない?
僕はNetflixを主に42インチの4Kテレビで見ている。最初は「4Kテレビなんて見るかよ」と思っていたのだが、Netflixが4Kの番組をたくさん配信しているので見てみたところ、全然クオリティーが違って驚いてしまった。Netflixの今のオリジナル作品の多くが4Kなので、一番手軽に4Kを楽しめるチャンネルでもある。
現在の地デジ放送波で4Kのデータを送信するのは帯域の制限もあってなかなか難しいという話がある。また、地デジで放送したらコピーガードが外れてしまうため、著作権保護に関わる懸念もあるが、その点、Netflixはコピーができない仕組みになっている。画質が上がるほどネット配信のほうが有利な面が出てくる。
テレビ局にとって厳しい状況ではあるが、お先真っ暗かというとそうではない。質が高くて面白いコンテンツがあれば消費者はお金を払うし、プラットフォーム事業者がお金を潤沢に出すという状況があるからだ。持ち前のコンテンツ制作能力を生かし、NetflixやAmazonプライム・ビデオなどIT業界から参入したプレーヤーのための制作会社として共存する、という選択肢もあると思う。
Netflixが日本で作ったオリジナルドラマ「火花」が昨年公開されて、相当な評判になった。原作小説は短いから10話を持たすのはきついのだが、脚本をきちんと引き延ばして、かなりの予算をかけて制作していた。それくらい戦略的にお金を最初にドーンとつぎ込んで制作したため、見た人の評価はすごく高い。
こうした戦略的投資が今後も長続きするかどうかわからない。ただ少なくとも、動画やドラマを真剣に見る、楽しみ尽くすという人を魅了し、ネット動画配信に向かわせるきっかけとなったのは間違いないだろう。
ジャーナリスト/メディア・アクティビスト。「ポリタス」編集長。1973年東京都生まれ。メディア、ジャーナリズム、IT・ネットサービス、コンテンツビジネス、著作権問題などを専門分野に執筆活動を行う。主な著書に『ウェブで政治を動かす!』(朝日新書)、『動員の革命』(中公新書ラクレ)、『情報の呼吸法』(朝日出版社)、『Twitter社会論』(洋泉社新書)、『未来型サバイバル音楽論』(中公新書ラクレ)ほか。2011年9月より週刊有料メールマガジン「メディアの現場」を配信中。
(編集協力 島田恵寿=コンテクスト、写真 佐藤久)
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