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盲人マラソン伴走、一緒に勝負 中田崇志(上)

そこまでするんですか。中田崇志(37)の話を耳にすると、誰もが驚くのではないか。視覚障がい者ランナーの伴走者は選手にコースの曲がり具合、起伏、前後の状況などを絶えず伝え続ける。「マラソン完走クラブ」(東京)で市民ランナーを指導しながら、伴走者を務める中田の声掛けはそれにとどまらない。ドラマ仕立ての言葉で選手を鼓舞するかと思えば、声掛けを駆け引きとして使い、ライバルを揺さぶる。

声掛けににじむ「プロ根性」

和田伸也を伴走して銅メダルを獲得した2012年ロンドンパラリンピックの5000メートルが印象に残っているという。中田はスタートとともに「ゴー、ゴー、ゴー」と声を張り上げ、さもスタートダッシュするような芝居をうった。大音声に欺かれたライバルは序盤から無駄に脚を使った。もちろん和田には「周りをあおりますが、冷静に走ってください」と伝えてある。後方で力を温存した和田は3位に食い込んだ。

選手に伴奏する中田(右)。声掛けを駆け引きに利用し、時にライバルを欺く

「こう言ったら周りがどう反応するかを考えながら声掛けをする」と中田はいう。強豪の飛び出しを抑え、集団での展開を望むなら楽しげに話して余裕があるように装い、けん制する。追い上げ体勢では距離が詰まっていなくても「差は40メートル」「30メートル」「20メートル」と発する。徐々に声量を上げ、いかにも後ろから迫っているように思わせる。

中田とともに和田を伴走する行場竹彦(レースの前半を主に担当)によれば、駆け引きは同宿のライバルと顔を合わせる食事の場から始まる。行場は「もっと相手にプレッシャーを掛ける話をした方がいいよ」と諭されたことがある。

なぜそこまでするのか。「伴走は黒子と思われているけれど、僕は単に視覚障がい者を支えているわけではない。競技者として一緒に勝負する。和田さんを勝たせたいし、僕も勝ちたい」。中田は障がい者とフラットな立場でチームを組み同じ目標に向かう。

伴走を始めたきっかけは03年に月刊誌で「高橋勇市が伴走者を求めている」という記事を読んだことだった。高橋は04年のアテネパラリンピックのマラソンで中田と神原淳一の伴走によって金メダルを獲得。06年の世界選手権も制した。

その後、中田は和田の伴走に回る。11年世界選手権のマラソンの高橋と和田の対決での声掛けはシビアだった。勝負どころで和田に高橋の脚質を伝えた。「中盤は強いけれど、終盤は落ちます」。高橋の耳に届くような声で。和田を元気づかせ、高橋にダメージを与えた。ここまですると、高橋との間に溝ができないのだろうか。「大丈夫です。高橋さんは僕が容赦ないのがわかっているので」

マラソンの自己最高が2時間23分58秒の中田は自分のレースでも言葉で陽動作戦をとるという。賛否両論があるだろうが、これはある種の「プロ根性」の表出であり、そこには中田の異様なほどの執念が宿っている。(敬称略)

〔日本経済新聞夕刊8月14日掲載〕

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